2024 年 8 巻 1 号 p. 67-75
本稿は、日本において、自身の保育理念と合致する保育記録方法としてドキュメンテーションを提起する論者(大豆生田啓友、大宮勇雄、森眞理、高橋健介・請川滋大)に着目し、それぞれのドキュメンテーションの記録形式・対象の違いを明らかにする。大豆生田にとってのドキュメンテーションは、子どもの心の揺れ動きを 記録対象とした写真つきのエピソード記録である。大宮にとってのドキュメンテーションは、子どもの学びを、物語として保育者に読み取った記録(学びの物語)である。森にとってのドキュメンテーションは、日々の生活・遊びのなかにある子どもの表現(子どもの物事への意味づけ=子どもの「声」が表れた行為・言動など)を収めたポートフォリオである。高橋・請川にとってのドキュメンテーションは、子どもが、環境との関係を深めていく遊びの展開の記録である。