抄録
多剤耐性の克服を可能にしたグルタチオン(GSH)共有結合アドリアマイシン(DXR)(複合体)は非常に強い抗腫瘍効果を発揮し, ラット肝がん細胞AH66への複合体処理はc-Jun N-terminal kinase(JNK)を活性化し, ミトコンドリアを介したアポトーシス(シトクロムC放出とカスパーゼ-9活性化)を誘導した. グルタチオンS-トランスフェラーゼ(GSTP1-1)がJNK活性化に及ぼすJNKとの分子相互作用もGSTP1-1のC末端アミノ酸変異により両分子の結合実験で確認した. あわせてGSTP1-1活性がJNK活性化において重要な役割りを担うこともGSTP1-1の活性中心変異分子との相互作用の研究から確認した. また, 複合体によるGSTP1-1抑制がJNK活性化を一層増強していることも以前のこの会で報告した. そこで複合体によるJNK活性化が直接アポトーシスを誘導することを明らかにするために, JNK活性阻害剤であるSP600125およびJNK分子のATP結合ドメインの変異導入(K55R, JNK-DN)を用いて検討した. 結果 細胞を複合体と5μM SP600125で共処理すると, JNKはリン酸化(活性化型)されるが, アポトーシス誘導は抑制された. また, JNK-DN発現細胞に複合体を処理するとJNKリン酸化レベルは低下し, シトクロムC放出低下とカスパーゼー9活性化抑制を伴ったアポトーシス誘導の減少が観察され, 複合体のアポトーシス誘導はJNK活性化により誘発されること, 複合体がJNK結合GSTP1-1を抑制することでJNK活性が一層高まったことにより非常に強い抗腫瘍効果を発揮することが明らかとなった. 〔論議〕勝沼会友 大川先生のアポトーシスの系はcaspase-8, caspase-9経由のcaspase-3上昇によるものと思いますので, epigallo-catechin gallateでcaspase-3上昇の抑制が起こるのかどうか興味があります. 大川委員 私たちの実験系でGSH-DXRはミトコンドリアを経由してアポトソームcaspase-9, caspase-3を強く活性化するのと同時にその引き金としてJNKを介した経路が考えられます. Epigallo-catechin gallateの効果には興味がありますが, 以前私たちの使用細胞(ラット肝がん細胞AH66)ではなかなかうまくいきませんでした. 細胞種を変えてもう一度実験してみようと思います. 礒橋委員 大変興味あるご発表ありがとうございました. ご発表のデータではP-c-Junを測定されていますが, その時FosやAP-1についてのデータはお持ちでしょうか. 大川委員 JNKの活性を測定する系としてc-Junの燐酸化をチェックしている段階ですので, 現在は何のデータもありません. 井上準委員 1)GSH-DXRとDXRの作用が異なるか. 2)GSH-DXRがMDRの基質になるか. 大川委員 1)DXRはP糖タンパク質, MRPにより汲み出されますが, GSH付加DXRは汲み出されない. GSH-DXRのcytotoxicityはDXRの100〜1000倍程強いこともすでに報告しています. 2)GSH-DXRはMDRの基質にならないで細胞内に蓄積します.