本特集の目的は、文化人類学に必ずしも強い関心をもっていない市民と文化人類学者による協働が、公共的な課題解決にむけた実践に至る可能性について考察することにある。そのために、2022年の同時期に商業出版された3篇の自伝的民族誌の企画・執筆・編集過程を1.5次エスノグラフィの手法をもとに比較し、それらの公共人類学的な意義について検討する。3篇の共通点は、いずれも大学における正規(あるいは公認)の教育プログラムをはみ出しながら企画・執筆・編集されたということにある。なぜなら大学における正規の授業や課外活動の成果や報告書として書かれたドキュメントを商業出版することには、通常の制度的文脈を逸脱した何らかの「過剰さ」が含まれているからである。それゆえ本特集を構成する論文は、それぞれの出版事業を後押しした「過剰さ」の性質についての検討をおこなっている。また、これらのドキュメントを執筆した学生たちのほとんどは、文化人類学を専攻していない。それゆえ文化人類学者と大学生による協働ではあるが、それは文化人類学の専門的な知識やスキルの教育というよりも、文化人類学者による市民のニーズや要請への応答に近い。だからこそ、これらの事例は民族誌の共同執筆を通じた文化人類学者と市民による対話や協働の可能性を示唆している。