YAKUGAKU ZASSHI
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一般論文
機能性月経困難症の痛みに対する加味逍遙散の有用性検討
青木 やよい 下山 泰輝道原 成和千葉 殖幹
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2025 年 145 巻 11 号 p. 899-906

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Summary

Dysmenorrhea refers to pathological symptoms that occur in association with menstruation during the menstrual period. Treatment options for dysmenorrhea include nonsteroidal anti-inflammatory drugs (NSAIDs) and low-dose estrogen–progestin combination pills. However, some patients do not respond to these treatments, and long-term use can lead to adverse reactions, raising additional problems. To overcome these issues, Kampo (traditional Japanese herbal) medicines are often used, with prescriptions based on Kampo medicine diagnoses. In this study, we investigated the analgesic effects of Kamishoyosan, a Kampo medicine frequently used to treat this disease, using a mouse primary dysmenorrhea (PD) model. Since Kamishoyosan is typically administered over a long term in clinical settings, we also evaluated its effects on PD after single-dose or repeated long-term administration. Oxytocin administration to continuously estradiol-treated mice significantly increased the number of writhing responses (an index of pain), uterine tissue level of prostaglandin F2α (PGF2α), and calcium ion (Ca2+) level, while uterine blood flow significantly decreased. In contrast, repeated administration of Kamishoyosan decreased the number of writhing responses. The uterine tissue PGF2α and Ca2+ levels reduced after single-dose administration at a high dose and regardless of dosage after repeated administration. Uterine blood flow was improved by single-dose administration regardless of dosage. These results showed that continuous administration of Kamishoyosan exerted analgesic effects on PD symptoms even at non-high doses. Furthermore, Kamishoyosan may reduce PD-related pain by acting on uterine contraction factor (including PG)-producing pathways and uterine blood flow.

緒言

月経困難症(dysmenorrhea)とは,月経期間中に月経に随伴して起こる病的症状のことであり,症状としては下腹部痛や腰痛,吐き気,嘔吐,頭痛,めまい,易疲労,睡眠障害などがあげられる.1特に下腹部痛や腰痛は多くの女性が経験し,月経困難症を抱える女性の割合は思春期から閉経するまでの年齢の女性の50%以上に及ぶことが報告されている.1,2このため月経困難症による痛みは本人のQOLの低下だけでなく,学校生活での学習能率の低下や職場における生産性低下の大きな原因となり,社会的損失とも考えられている.

月経困難症は,骨盤内に痛みの原因となるような器質的変化がみられない機能性月経困難症(primary dysmenorrhea: PD)と,子宮内膜症や子宮腺筋症などの痛みを発する器質性疾患を伴う器質性月経困難症(secondary dysmenorrhea: SD)に分類される.PDの下腹部痛や腰痛の要因は,子宮過収縮や子宮の虚血に誘発される痛みであると考えられている.月経は子宮内膜で産生されたprostaglandins(PG)が子宮収縮を促すことで脱落した子宮内膜を排出するプロセスであるが,なんらかの理由でPG分泌量が過剰になると子宮過収縮が起こり,痛みが誘発されると考えられており,実際,下腹部痛や腰痛がある女性の子宮内膜では,痛みがない女性と比較してPGの濃度が有意に高いことが報告されている.3,4PGの上昇は,子宮平滑筋細胞や血管平滑筋内へのcalcium ion(Ca2+)の流入を促進することにより,子宮筋層の収縮が促進され,また血管の収縮に伴い子宮内膜への血液供給が低下することで,合わせて子宮内膜の剥離と排出すなわち月経が発生する.一方でPGの過剰分泌やCa2+の濃度上昇に伴い,収縮が過剰に起こることで,強い痛みが発生すると考えられている.5

治療法としては,PG合成阻害作用がある非ステロイド抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drug: NSAIDs)を用いた治療法が第一選択となる.1その効果は高く,幅広い年代で使用されているが,一方で副作用として胃痛や食欲不振等の消化器障害が問題となっているほか,改善効果が認められない症例も存在する.6このような理由で継続服用が難しい場合の治療としては,低用量エストロゲン・プロゲスチン配合薬(low dose estrogen progestin: LEP)が有効であるが,LEPは視床下部–下垂体–卵巣内分泌系に作用し,卵胞刺激ホルモン(follicle stimulating hormone: FSH)及び黄体化ホルモン(luteinizing hormone: LH)の分泌を減少させ,卵胞の発育及び排卵を抑制するため,妊娠を希望する場合には服用できない.また,服用初期には頭痛や悪心,不正性器出血等の副作用が報告されているほか,重大な副作用として血栓塞栓症も報告されている.7このように,現行で処方される治療薬では問題を生ずるケースがあるため,患者に合わせた選択肢の追加が求められる.

一方,月経困難症の治療には漢方薬もしばしば使用されている.よく用いられる漢方薬としては,芍薬甘草湯,当帰芍薬散,加味逍遙散,桂枝茯苓丸,桃核承気湯などがあり,6症状の出方や体質など漢方医学的診断に基づいて処方されている.加味逍遙散は『和剤局方』が原典である逍遙散に牡丹皮と山梔子を加味した方剤であり,体質虚弱な婦人で肩が凝り,疲れやすく,精神不安などの精神神経症状,ときに便秘の傾向のある諸症(冷え性,虚弱体質,月経不順,月経困難,更年期障害,血の道症)に適応があり,女性特有の疾患に特に効果が高いとされている.月経困難症においては,臨床で月経痛に効果があることが報告されるなどよく用いられているが,8基礎的研究やそのメカニズムに関する研究は少ない.

そこで本研究では,エストラジオール連続投与による機能性月経困難症モデルを作製し,PDの痛みに対する加味逍遙散の有用性を検討した.また,臨床において加味逍遙散は長期服用することが一般的である.しかし,頓服と長期服用の効果の比較に関する報告はなく,本研究では単回投与と反復投与でそれぞれ検討を行ったため併せて報告する.

方法

1. 実験材料

クラシエ株式会社(東京)で生薬から抽出・製造した,製剤製造用の加味逍遙散(Lot: 31Q)を以下の実験に用いた.

2. 実験動物

6週齢のICR系雌性マウスを購入後,1週間予備飼育を行った後に実験に供した.温度23±2°C,湿度55±10%,8:00点灯,20:00消灯の12時間毎の明暗サイクルの環境下で飼育した.実験期間中,餌と水は自由に摂食させた.なお,本実験はクラシエ株式会社漢方研究所動物実験委員会の承認の下,同研究所の定める動物実験実施規定及び「厚生労働省の所管する実施機関における動物実験等の実施に関する基本指針」に従って実施した.

3. 月経困難症モデルマウスの作製

1週間の馴化終了時の体重に基づき,健常群(Normal),月経困難症群(Control),加味逍遙散840 mg/kg投与群(KSS840),加味逍遙散1680 mg/kg投与群(KSS1680)の4群に分けた.

Control群,KSS840群及びKSS1680群にエストラジオール安息香酸エステル(共立製薬株式会社,東京)7.5 mg/kgを4日間腹腔内投与した.Normal群には同量のSesame oil(Sigma-Aldrich Japan,東京)を腹腔内投与した.エストラジオール安息香酸投与最終日に,オキシトシン0.5 Uを腹腔内投与しオキシトシン誘発ライジングテストを実施した.

4. 加味逍遙散の投与量計算

ヒトにおける加味逍遙散の1日量を基準とし,Nairらの方法で算出した.9加味逍遙散840 mg/kgをヒト1日等価量として,加味逍遙散1680 mg/kgを高用量と設定し実験に用いた.

5. 加味逍遙散の投与

単回投与の実験では,オキシトシン誘発ライジングテスト実施日のオキシトシン投与1時間前にKSS840群及びKSS1680群には加味逍遙散840 mg/kg·1680 mg/kgをそれぞれ経口投与した.Normal群,Control群には同量の蒸留水を経口投与した.

反復投与の実験では,オキシトシン誘発ライジングテスト実施日の7日前から,KSS840群及びKSS1680群には加味逍遙散840 mg/kg·1680 mg/kgをそれぞれ毎日経口投与した.Normal群,Control群には同量の蒸留水を経口投与した.

6. オキシトシン誘発ライジングテスト

子宮収縮を起因とした痛みを評価するために,オキシトシン誘発ライジングテストを実施した.この試験は安息香酸エストラジオール投与開始4日目に実施した.

オキシトシン投与の1時間前に,KSS840群及びKSS1680群には加味逍遙散を,Normal群及びControl群には同量の蒸留水を経口投与した.

また,オキシトシン投与15分前にNormal群にはSesame Oilを,Control群とKSS840群及びKSS1680群には安息香酸エストラジオール7.5 mg/kgを腹腔内投与した.

オキシトシン0.5 Uを腹腔内投与したのち,透明アクリル製円筒容器(直径19 cm×高さ25 cm)にマウスを入れ,投与直後から30分間の行動をビデオカメラで撮影した.解析はマウスが骨盤をひねる動作,腹部を反る動作の回数(以下,ライジング回数)をカウントした.

7. 子宮血流量測定

月経困難症モデルマウスにおける子宮の血流障害を評価するため,子宮血流量の測定を実施した.

上記の方法で月経困難症モデルマウスを作製し,オキシトシン0.5 Uを腹腔内投与し5分経過した時点で,速やかにイソフルラン深麻酔下でRFLSI-ZWレーザースペックル血流イメージングシステム(RWD Life Science, Sugar Land)を用いて血流量を1分間測定した.

8. 剖検

オキシトシン誘発ライジングテスト実施直後に剖検を実施した.イソフルラン吸入麻酔下において血液を採取し,3000 rpm, 15 min, 4°Cの条件で遠心分離した.得られた上清を血漿サンプルとして−80°Cで保存した.子宮組織を摘出し,液体窒素で凍結させた後,−80°Cで保存した.

9. prostaglandin F2α(PGF2α)分析

子宮組織を用いてPGF2αの測定を行った.凍結保存した子宮組織をビーズで破砕し,PBS中で超音波処理した.処理後30分間氷上で静置し,15000 g, 15 min, 4°Cの条件で遠心分離を行い,上清を回収し測定に用いた.測定にはPGF2α, EIA Kit(Cayman Chemical, Ann Arbor)を使用した.

10. 子宮組織中Ca2+分析

子宮組織を用いてPGF2αの測定を行った.測定にはCalcium Assay Kit(Colorimetric)(abcam, Eugene)を使用した.なお,サンプル調製はKitの手順通りに行った.

11. 統計解析

得られた実験値はすべて平均値±標準偏差(means±S.D.)で表示した.PGF2α分析はSmirnov–Grubbs検定で外れ値を検出し,外れ値を除外した.各群の有意差検定は,一元配置分散分析法を用いて差が認められた場合,Tukey–Kramer testを実施し,危険率が5%未満(p<0.05)の場合を有意差ありと判定した.

結果

1. 月経困難症モデルマウスに対する加味逍遙散単回投与の検討

1-1. 子宮の痛みに対する加味逍遙散単回投与の影響

子宮収縮を起因とした痛みを評価するため,オキシトシン誘発ライジングテストを実施した.安息香酸エストラジオールを連続投与したマウスにオキシトシンを腹腔内投与することで,子宮収縮が誘発される.子宮収縮による痛みを逃すために,マウスは腹部をよじる,あるいは腹部を延ばすような行動(ライジング反応)を示す.

ライジング回数は,Control群において,Normal群と比較して有意に増加した.これに対し,単回投与のKSS840群,KSS1680群では,個体差が激しく,両群ともにControl群と比較して有意な差は認められなかった(Fig. 1).

Fig. 1. Effects of Single-dose Kamishoyosan Administration on Oxytocin-induced Writhing in a Mouse PD Model

Oxytocin (0.5 U) was intraperitoneally administered to mice, and the number of writhing responses per 30 min was measured. One hour prior to oxytocin administration, distilled water and Kamishoyosan (840 mg/kg or 1680 mg/kg) were orally administered. Additionally, 15 min before oxytocin injection, sesame oil and estradiol benzoate (7.5 mg/kg) were intraperitoneally administered. Normal: Healthy group, Control: Dysmenorrhea group, KSS840: Group treated with Kamishoyosan at 840 mg/kg, KSS1680: Group treated with Kamishoyosan at 1680 mg/kg (n=8–10 per group). The data are expressed as the mean±S.D. ** p<0.01 vs. Control group on the Tukey–Kramer test.

1-2. 子宮組織中PGF2α及びCa2+に対する加味逍遙散単回投与の影響

PGF2αやCa2+は,PDの子宮収縮の要因と考えられている.そこでPDモデルマウスにおける子宮組織中のPGF2α及びCa2+の測定を実施した.

子宮組織中PGF2αはControl群において,Normal群と比較して有意に増加した.それに対し,KSS840群では有意な差は認められなかったが,KSS1680群ではPGF2αの有意な減少が確認された[Fig. 2(a)].子宮組織中Ca2+はControl群において,Normal群と比較して有意に増加した.それに対し,KSS840群・KSS1680群では,どちらの群においても子宮組織中Ca2+の有意な減少が確認された[Fig. 2(b)].

Fig. 2. Effects of Single-dose Kamishoyosan Administration on Uterine Tissue PGF2α and Ca2+ Levels

Oxytocin (0.5 U) was intraperitoneally administered to mice, and biological samples were collected 5 min later for analysis. One hour prior to the oxytocin administration, distilled water and Kamishoyosan (840 mg/kg or 1680 mg/kg) were orally administered again. Additionally, 15 min before the oxytocin injection, sesame oil and estradiol benzoate (7.5 mg/kg) were administered intraperitoneally. (a) PGF2α level in uterine tissue, (b) Ca2+ level in uterine tissue. Normal: Healthy group, Control: Dysmenorrhea group, KSS840: Group treated with Kamishoyosan at 840 mg/kg, KSS1680: Group treated with Kamishoyosan at 1680 mg/kg (n=5 per group). The data are expressed as the mean±S.D. * p<0.05, ** p<0.01 vs. Control group on the Tukey–Kramer test.

1-3. 子宮血流量に対する加味逍遙散単回投与の影響

PDの子宮の痛みには血流障害や虚血状態が影響すると考えられている.そこでPDモデルマウスにおけるオキシトシン腹腔内投与後の子宮血流量の測定を実施した.

Control群において,平均血流量・最大血流量・最小血流量のすべてでNormal群と比較して有意な低下が確認された[Fig. 3(a)–(c)].これに対し,KSS840群では,Control群と比較して最小血流量を有意に改善したが,平均血流量・最大血流量の改善は認められなかった[Fig. 3(a)–(c)].KSS1680群においては,Control群と比較して平均血流量・最小血流量を有意に改善したが,最大血流量の改善は認められなかった[Fig. 3(a)–(c)].

Fig. 3. Effects of Single-dose Kamishoyosan Administration on Uterine Blood Flow in a Mouse PD Model

Oxytocin (0.5 U) was intraperitoneally administered to mice, and uterine blood flow was measured 5 min later. One hour prior to oxytocin injection, distilled water and Kamishoyosan (840 mg/kg or 1680 mg/kg) were orally administered, and 15 min before injection, sesame oil and estradiol benzoate (7.5 mg/kg) were intraperitoneally administered. (a) Representative laser speckle contrast images of the uterus: Blue indicates areas of low blood flow, while red indicates areas of high blood flow. (b) Mean blood flow, (c) maximum blood flow, (d) minimum blood flow. Normal: Healthy group, Control: Dysmenorrhea group, KSS840: Group treated with Kamishoyosan at 840 mg/kg, KSS1680: Group treated with Kamishoyosan at 1680 mg/kg (n=5 per group). The data are expressed as the mean±S.D. * p<0.05, ** p<0.01 vs. Control group on the Tukey–Kramer test.

2. 月経困難症モデルマウスに対する加味逍遙散反復投与の検討

2-1. 子宮の痛みに対する加味逍遙散反復投与の影響

加味逍遙散の単回投与と反復投与で,PDへの効果が異なるか検討するため,単回投与の検討と同様に反復投与の検討でもオキシトシン誘発ライジングテストを実施した.

ライジング回数は,Control群では,Normal群と比較して有意に増加した.これに対し,加味逍遙散を7日間事前投与したKSS840群・KSS1680群では,両群ともにControl群と比較して有意にライジング回数の増加を抑制した(Fig. 4).

Fig. 4. Effects of Repeated Kamishoyosan Administration on Oxytocin-induced Writhing in a Mouse PD Model

Kamishoyosan (840 mg/kg or 1680 mg/kg) and distilled water were orally administered for 7 d. On the final day of administration, oxytocin (0.5 U) was intraperitoneally administered to mice, and the number of writhing responses per 30 min was measured. One hour before oxytocin injection, distilled water and Kamishoyosan (840 mg/kg or 1680 mg/kg) were orally administered, and 15 min before oxytocin injection, sesame oil and estradiol benzoate (7.5 mg/kg) were intraperitoneally administered. Normal: Healthy group, Control: Dysmenorrhea group, KSS840: Group treated with Kamishoyosan at 840 mg/kg, KSS1680: Group treated with Kamishoyosan at 1680 mg/kg (n=10–11 per group). The data are expressed as the mean±S.D. ** p<0.01 vs. Control group on the Tukey–Kramer test.

2-2. 子宮組織中PGF2α及びCa2+に対する加味逍遙散反復投与の影響

オキシトシン誘発ライジングテストの結果,単回投与の検討結果とは異なり,反復投与を行うことで痛み行動が改善された.そこで,子宮中PGF2α及びCa2+についても単回投与の検討と比較するため,測定を実施した.

子宮組織中PGF2αはControl群において,Normal群と比較して有意に増加した.それに対し,KSS840群・KSS1680群では,どちらの群においてもPGF2αの有意な減少が確認された[Fig. 3(a)].子宮組織中Ca2+はControl群において,Normal群と比較して有意に増加した.それに対し,KSS840群・KSS1680群では,どちらの群においても子宮組織中Ca2+の有意な減少が確認された[Fig. 3(b)].

考察

本研究では,エストラジオール連続投与PDモデルマウスにおいて,オキシトシンによる子宮収縮に伴う痛み行動と関連因子に対し,加味逍遙散が有用であることを示した.また,加味逍遙散は頓服するよりも,長期服用することでより効果が発揮されることも明らかにした.

加味逍遙散は臨床において,月経期にかかわらず服用を開始し,月経期の症状の経過観察を行いながら治療が行われている.実際に,女性のホルモンバランスを起因とする不定愁訴に対し,加味逍遙散を2ヵ月以上服用して効果を示した臨床報告もある.10そこで,加味逍遙散の効能には長期服用することで認められる効果もあるのではないかと考え,本研究では単回投与と反復投与で月経困難症の痛みに対する効果の比較検討を実施することとした.反復投与における加味逍遙散の投与期間は,マウスの卵巣周期が約4日であることを鑑みて,11ヒトの臨床報告での2ヵ月間,つまり卵巣周期1–2周期間服用を想定し7日間の事前反復投与を実施した.結果,7日間の事前反復投与を実施することで,単回投与よりも低用量で痛み行動や痛み関連因子に効果が認められた.このことから,加味逍遙散は頓服よりも,長期服用することでより効果を発揮する処方であることが明らかとなった.

本検討で用いたモデルは,エストラジオールを連続投与することで子宮内膜の増殖やオキシトシン受容体の過剰発現を促し,オキシトシンに対する感受性を増大させている.そこにオキシトシンを投与することで,PGF2αの産生等を促進した結果,子宮過収縮を引き起こすものと考えられており,PDモデルとして一般的によく用いられている.12,13エストラジオールを連続投与したグループでは,オキシトシン投与によるライジング回数が有意に増加し,強い痛みが誘発されていると考えられた.加味逍遙散単回投与ではライジング回数に改善が認められなかった(Fig. 1).一方で,反復投与の検討では投与量に関係なく有意な改善が認められた(Fig. 4).これらの結果から,月経困難症の痛み行動に対する加味逍遙散の効果発現には,長期服用が重要であることが明らかになった.

背景で述べたようにPDの痛みは,分泌されたPGやCa2+による子宮の過度な収縮や,子宮血流量の低下による急激な虚血状態が要因と言われている.3 PGの中でもPGF2αの関与が大きく,臨床において月経困難症患者の血漿中,子宮内膜中でPGF2αの上昇が報告されている.14さらにPGF2αはCa2+の増加に関与する.Ca2+は子宮平滑筋及び血管平滑筋の収縮の主要メカニズムの1つで,オキシトシンやPGF2αを始めとする子宮収縮関連因子が各受容体に結合,及び細胞膜の脱分極や機械的な刺激によって細胞のCa2+チャネルが開き,Ca2+の細胞外から細胞内への流入やカルシウム小胞からの放出が起こることで平滑筋収縮が引き起こされる.本研究においても,PDモデルで子宮組織中PGF2α及びCa2+の増加が確認された.それらに対し,加味逍遙散の投与でいずれも改善が認められたことから,PGF2α産生抑制を介してCa2+量が改善し,痛み発現抑制が認められたことが考えられた.また,オキシトシンやアセチルコリン等も子宮平滑筋細胞のCa2+チャネル活性に関与することが知られているため,5,15それらの産生や受容体阻害に加味逍遙散が働きかける可能性もある.さらに,加味逍遙散の単回投与では,高用量のみでPGF2αの改善が認められ[Fig. 2(a)],反復投与では投与量関係なく改善が認められた[Fig. 5(a)].これらの結果から,PGF2αに対する効果については,投与量や投与期間の違いが効果の発現に影響することが明らかになった.

Fig. 5. Effects of Repeated Kamishoyosan Administration on Uterine Tissue PGF2α and Ca2+ Levels

Mice were orally administered distilled water and Kamishoyosan (840 mg/kg or 1680 mg/kg) once daily for 7 consecutive days. On the final day of administration, oxytocin (0.5 U) was intraperitoneally injected, and biological samples were collected 5 min later for analysis. One hour prior to the oxytocin administration, distilled water and Kamishoyosan (840 mg/kg or 1680 mg/kg) were orally administered again. Additionally, 15 min before the oxytocin injection, sesame oil and estradiol benzoate (7.5 mg/kg) were administered intraperitoneally. (a) PGF2α level in uterine tissue, (b) Ca2+ level in uterine tissue. Normal: Healthy group, Control: Dysmenorrhea group, KSS840: Group treated with Kamishoyosan at 840 mg/kg, KSS1680: Group treated with Kamishoyosan at 1680 mg/kg (n=10–12 per group). The data are expressed as the mean±S.D. * p<0.05, ** p<0.01 vs. Control group on the Tukey–Kramer test.

子宮血流量はPDの痛みに深く関与しており,鍼灸など血流量をターゲットとしたPDに対する治療法も報告されている.16本検討において,子宮血流量はPDモデルで大きく減少し,加味逍遙散投与で最小血流量の改善[Fig. 3(b)–(c)],平均血流量は高用量投与のみ改善が確認された[Fig. 3(a)].これらの結果から,加味逍遙散には頓服で子宮血流量改善作用があり,その作用は投与量に依存する可能性が考えられた.また,最大血流量に有意な改善が認められなかったことから,少なくとも加味逍遙散の短期的な効果は血流促進ではなく,血管収縮の抑制に効果を示す可能性がある.

加味逍遙散は当帰,芍薬,白朮,茯苓,柴胡,牡丹皮,山梔子,甘草,生姜,薄荷から構成されており,これらの生薬は様々な有効成分を含有することが報告されている.生姜に含まれるギンゲロールやショウガオール,牡丹皮に含まれるペオノールは,アラキドン酸からPGへの変換を触媒する律速酵素cyclooxygenase(COX)の一つであるCOX-2の活性を阻害することが報告されている.17,18本研究でも加味逍遙散単回投与の検討では,COX-2活性阻害によりPGF2α産生抑制,そしてPGF2αの制御下にあるCa2+の増加を促した可能性が考えられた.一方で,加味逍遙散の反復投与では高用量でなくともPGF2αに効果が認められている.この結果から,長期服用することで先述したCOX-2阻害作用をより強める,又は頓服とは別の経路で産生を抑制する可能性が考えられた.オキシトシンや,産生されたPGF2αが子宮内膜におけるそれぞれの受容体に作用すると,子宮内膜増加や更なるPGF2α産生が促進される.19,20ペオノール長期投与はCOX-2活性阻害作用のほかに,子宮内膜増殖抑制作用を有することが報告されており,21加味逍遙散は長期服用することで子宮内膜に働きかけその増殖を抑制することで,結果的にPGF2αの総分泌量や総受容体量を低下させ,PGF2α産生を過剰発現する体質を,時間をかけて改善した可能性も考えられた.これらの推測については,子宮組織解析など,より詳細な検証を重ねていく予定である.さらに,ペオノールはバソプレシンによる血管収縮を抑制することが報告されている.22本研究における子宮血流量抑制の改善作用は,結果としてPGF2α等の産生抑制が見えているが,血管を収縮させる因子に直接働きかけた可能性も考えられ,今後はバソプレシンをはじめ,ノルアドレナリンやアンジオテンシン等の血管収縮因子についても検討を行う予定である.

一方で,単回投与の検討では,PG等の産生を抑制したにもかかわらず,痛み評価では効果が認められなかった.治療薬の一つであるNSAIDsは,背景でも述べたようにPG合成阻害作用を有するが,効果が認められない治療応答性が低い症例も報告されている.本検討においても単回投与ではライジングテストの個体差が大きく,効果のある個体と効果のない個体が明確に分かれており,PG合成阻害作用のみでは痛みの改善されない治療応答性が低い個体に対しては,効果が不十分であった可能性がある.この課題に対してはNSAIDs投与との比較検討が必要であり,今後の検討課題としたい.

本検討では,加味逍遙散がPD関連因子の産生抑制作用及び子宮血流量改善作用を有することを明らかにした.さらに,長期服用によって,より個体間のばらつきが少なくなりPDの痛みに対して高い効果を示すことが明らかになった.これらの結果から,加味逍遙散はPD患者に対する治療選択肢を広げる一助となる可能性があるため,引き続き検討を行っていきたい.

利益相反

青木やよい,下山泰輝,道原成和,千葉殖幹はクラシエ株式会社の社員である.

REFERENCES
 
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