抄録
古代の女子の髪形には,垂髪,頭上一髻,頭上二髻,四ツ割,雑等がある。頭上一髻と四ツ割は,当時唐の女性が結っていた烏蛮髻(うばんけい)である。平安初期の神仏混同の影響を受けて神功皇后女神像が造像された。この像を通して当時の髪形を考察してみたい。高髻は吉祥天女図及び諸仏像に結われているが,樹下美人の四ツ割,頭上一髻は,髪の長さによって変形した髪形であり,神功皇后像の髪形もこの系統である。樹下美人図の髪形も,女神像に結われ垂髪へと変化して行くのである。960年の内裏の火災は,こうした髪形から,やがて国風の風俗が生みだされる契機となったのである。