山野研究紀要
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<原著>「ヘンリー6世第二部」における劇的アイロニイ
近内 トク子
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1997 年 5 巻 p. 51-60

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抄録

「ヘンリー6世第二部」はシェイクスピアの処女作と考えられている。この作品の前半には,ヘンリー6世の摂政であったグロスター公の運命の激変が描かれている。幼い王を20年以上も助けて王国を治めてきた,高潔で寛大,民衆からも愛されていた政治家が,陰謀によって議会に喚問され,その日のうちに逮捕,そして翌朝床の中で死体となって発見されたのである。この世の無常な運命を,中世の西欧では回転する車輪に喩えたが,公の運命の悲劇は,まさに下降する車輪以上の急激な崩落であった。シェイクスピアはこのグロスター公の悲劇を,単に悲劇として描いただけでなく,劇的アイロニイの手法を用いて描いている。劇的アイロニイとは,話し手が自分に関係のない他人事として第三者に語ったことが,その発話者自身の運命となって跳ね返ってくる人生の悲劇的出来事を言う。シェイクスピアは恐らく,この手法をトマス・モアの「対話」の記述から学んだと思われる。20代後半のシェイクスピアは,処女作において,すでに人世の皮肉や運命の激変を,劇的アイロニイの手法で描く力量を身につけていたのである。今回は,シェイクスピアの描いた最初の劇的アイロニイを,「ヘンリー6世第二部」のグロスター公の運命の激変を通して見てみることにする。

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© 1997 学校法人山野学苑 山野美容芸術短期大学
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