歯科治療をうける患者の10~15%は, 何らかの精神的配慮を必要とする。特にそのうちの6~7%の症例は心身症, 神経症, うつ病およびその類似症状の患者と考えられる。われわれは, これらが完全にあるいは部分的にマスクされて, 顎口腔領域の疾患として表れたものを, 便宜上「歯科心身症」とよび, 心身医学的治療をおこなっている。今回はそのうちフルトプラゼパムが著効を示した2症例の成績を報告する。
症例1は58歳の女性である。彼女は意欲の欠除, うつ気分, 睡眠困難, 夜半における頻脈, 腰痛, 高血圧のため, 約2年間某科にかよって多種の薬を投与されたが, 著効はなかった。面接療法はほとんどおこなわれなかった。これに加えて歯の状態も悪化したと彼女は感じた。そこで今回 (1994年7月) 著者の診療をうけることになった。持続的鈍痛を示す上顎臼歯部は, 各種の検査結果によれば, 患者が訴える程の著明な異常は認められなかった。7月に測定したSRQ-Dの結果は24で, 神経症性のうつ状態にあった。他院でわたされた薬剤の服用を中止し, 毎月1~2回の簡易精神療法をおこなった。最初に著者が投与したロラゼパムは効果をほとんど示さなかったので, プロマゼパムに換えた所, 血圧は正常にもどったが, 他の症状の改善は著明ではなかったので, フルトプラゼパムに換えた。それで症状は劇的に消退した。10月に測定したSRQ-Dは5で正常状態を示していた。現在も本剤の最少用量の服用を維持している。上顎の歯の治療は精神神経症状が消退した時点で開始し, 1996年12月には保存, 補綴処置も完了している。
症例2は, 68歳の男性である。この記録は1997年3月から10月までのものである。患者は消化管の疾患と高血圧のため数年来某科を転々として治療をうけていた。著者の診療のうち, 歯の処置 (652) は, 他科での治療の良し悪しにかかわらず一応順調に行うことができたが, 他の歯科で装着した7-4の義歯の適合はうまくいっていなかった。これは技術的には問題はないと考えられたものであったが, この不適合はおそらく全身状態の何らかの障害が誘因になっているのであろう。他科で処方していた薬物のうち, 抗不安薬のトフィソバム, アルプラゾラム, 胃腸薬として用いていたスルピリド, 降圧薬のニフェジピン等を服用した後にふらつきやねむ気が起きていた。なお他科では, ごく最近かかっている医師をのぞいて面接療法をほとんどおこなっていなかった。著者はこれらの薬剤の服用を中止するようにすすめ, それに換えてマニジピン (降圧薬) とフルトプラゼパムの投与を5月から開始した。6月には血圧は正常にもどったので, マニジピンの投与を中止した。なお血圧は現在も正常レベルにある。簡易精神療法を毎月2~3回おこなっている。全身状態が良好になった時点 (9月) で, 7-4のリベースをおこなった所, 患者は満足して装着している。
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