復興農学会誌
Online ISSN : 2758-1160
3 巻, 2 号
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巻頭言
  • 溝口 勝
    原稿種別: 巻頭言
    2023 年 3 巻 2 号 p. 1
    発行日: 2023/07/31
    公開日: 2023/08/25
    ジャーナル フリー

    今年4 月に初代生源寺眞一会長から私が会長を引き継ぐことになりました。 「復興農学」は,2011 12 月に私が科研費「時限付き分科細目」に新設提案した分野です。(溝口,2013)残念ながらその科研費枠は3年で消えてしまいましたが,福島で農業復興の研究活動をしていた研究者らが集まって2020 6 月の「復興農学会」の発足に繋がりました。 復興農学会は当初学会としての体をなしていませんでしたが,2019 12 月の復興農学設立準備会から20233月まで月1-2回のペースで事務局会議を開催し,復興と農業について議論を重ねました。約60回にわたるこれらの議事録は復興農学会のホームページ「事務局だより」に公開されています。この間, 2021 1 月に学会誌創刊号を発行し(年2回オンライン発行),2022 3 月に研究会・総会を開催するなど,設立から3 年が経過してようやく学会らしくなってきました。また,コロナ禍で活動が制限された時期であっても,各市町村の農家に会員が出向いて復興現場をZoom オンラインで紹介する現地見学会や各大学が取り組む復興研究を紹介する福島フォーラムなど,地道に活動を続けてきました。 私は2011 6 月以来、ほぼ毎週末福島県飯舘村に通っています。事故直後に飯舘村で会う農家さんたちは,原発事故を引き起こした東京電力や国に対して怒りをあらわにし,中にはもうダメだと諦めている人や,あるいは目に見えない放射能に恐怖感を持ち営農再開を諦めている人もいました。しかし,約年間の計画的避難を経に帰村宣言が出されると,農家さんたちの心が帰村を境に変化してきたように感じられました。帰村したからにはいつまでも失望していてはいけない,こんなことで諦めていたんでは天明の飢饉の時に生き残ったご先祖さんに申し開きが立たない,自分の子孫たちに原発事故の時に爺さんが諦めたから自分たちはいま違う場所に住んでいるんだなんて事は言われたくないとか,農家の後継ぎとしての責任感がにじむ言葉を何度も聞きました。農家さんには不屈の精神があり,そうした中でどうせやるならば夢や希望を持って自分にしかできないことをこの機会にやるんだという逞しい方の姿も見てきました。 そうした経験から私は復興のキーワードは「レジリエンス」ではないか思うに至りました。レジリエンスは日本語で回復力とか復元力と訳されますが,英英辞典では, (困難な悪い何かに遭遇した後に再び幸せに,うまくやっていける等 の能力)と定義されています。すなわち,悪いことに直面した時に「もうダメだー」といつまでも落ち込んだりせずに不死鳥の如く復活して幸福を取り戻す能力といえます(溝口,2023)。復興農学は発足当初,復興庁の 意味するに名称を変更することを提案したいと思います。 復興農学会の設立趣意書には,「専門性という縦糸で発展してきた農学分野を,地域性という横糸でつなぎ,現場の声に耳を傾けながら,被災地域で力強く生きる人々と大学・高専・研究機関等の専門家が一緒になって,未来を見据えた地域と農業の復興を果たし,日本および世界の農業・食料生産の持続的発展へと展開することが重要」と記載されています。また,本学会は研究者だけでなく農家や高校生など,多種多様な会員で構成することをめざしています。「農学栄えて農業滅ぶ」「農業のことは農民に聞け」。これは駒場農学校を卒業し,東京農業大学の初代学長となられた実学的農学者 横井時敬先生が,現場に貢献していない農学を嘆いた言葉です。 私は会長として,横井先生の言葉を肝に銘じて,復興農学会員が農業の現場に足を運び,復興の意味を考えながら農家と一緒に汗を流し,被災地域の方々と幸福を共有できるよう学会をリードしていきたいと思います

原著論文
  • ョの用途別サプライチェーンにおける頑健性の検討 2017年ポテチショックとポテトチップス用バレイショ産地の形成
    観山 恵理子
    原稿種別: 原著論文(ノート)
    2023 年 3 巻 2 号 p. 2-9
    発行日: 2023/07/31
    公開日: 2023/08/25
    ジャーナル フリー

    近年,中食需要の増加ならびに自然災害リスクの増大によって加工食品原料の安定供給が社会的課題となっている。本研究では,国内生産量の約半分がデンプンを含む加工用として出荷されるバレイショを対象とし,加工用生鮮野菜のサプライチェーンの頑健性を検討する。まず,ポテトチップス用と生食用のバレイショのサプライチェーンを比較し,災害に対する頑健性の違いと,その違いがどのような要因によって生まれているのかを検討する。次に,加工用バレイショ産地における生産体制をとりあげ,生産者がポテトチップスメーカーに生産物を販売する際のメリットと産地拡大に必要な条件を確認する。調査の結果,生食用では,卸売市場を介した需給調整機能により,柔軟な取引が行われていた。一方,ポテトチップス用バレイショのサプライチェーンは,平時は効率的だが,非常時には脆弱な流通構造を持っていた。この脆弱性を緩和するためには,ポテトチップスメーカーによる生産・集出荷のサポートが,産地拡大に重要な役割を果たしている

  • 原田 茂樹
    原稿種別: 原著論文(ノート)
    2023 年 3 巻 2 号 p. 10-23
    発行日: 2023/07/31
    公開日: 2023/08/25
    ジャーナル フリー

    福島大学食農学類で行っている食農実践演習において,飯舘村フィールドに所属するメンバーのうち,2021 年度3年生の「人を呼ぶ」班,2022 年度3 年生の「知る・来る・また来る」班の活動の一環として,両年にアンケート調査を行った。2021年度に福島大学食農学類の1 年生(食農学類三期生)と3 年生(食農学類一期生)に,訪問先を決めるための情報元,訪問先で印象に残ったことを中心としてアンケート調査(Ver.1 アンケート)を実施した。2021 年度から2022年度にかけて,訪問するために必要な条件を明らかにする問いを加え(Ver.2アンケート),学外の3 団体(飯舘村ふるさと住民票登録者,土地改良連合講演会聴講者,食農連携会議登録者)及び福島大学食農学類3年生(食農学類二期生)と福島大学1年生(全学講義「ふくしま未来学」聴講者)にアンケート調査を実施した。いずれの学内外の団体にも,飯舘村に訪れたことがあるか,ある場合その理由,およびよく利用するSNSについて尋ねている。今後,飯舘村への訪問がきっかけとなり飯舘村への定住者増加・農業後継者増加や,関係人口創出が期待される。そのための,訪問のきっかけつくり,訪問を実現するために必要な条件の明確化,さらには情報発信の手段の年代や所属による違いが明らかになり施策に活用できると考える

第2回 復興農学研究会:シンポジウム概要
  • 八島 未和
    原稿種別: 資料(2022年度シンポジウム概要)
    2023 年 3 巻 2 号 p. 24-29
    発行日: 2023/07/31
    公開日: 2023/08/25
    ジャーナル フリー

    東京電力福島第一原子力発電所事故後,汚染状況に応じて農耕地土壌の表土剥離及び客土による除染が行われた。川俣町山木屋地区農家圃場にて除染前後の土壌を比較したところ,全炭素含有量および窒素量,可給態窒素,CECに大きな差が生じていた。とくに畑圃場では除染後客土で全炭素量が非常に少なく,水田圃場の除染後客土では可給態窒素が検出できなかった。除染は農耕地土壌の肥沃度を大幅に低下させており,土壌劣化からの復興は急務である。除染後のロータリーによる耕うんにより,全炭素および可給態窒素は一定程度回復し,上層(客土)と下層の土壌の混和は肥沃度回復に有効である。上層(客土)と下層土壌(黒ボク土)の混合割合を検討したモデル試験において,客土の影響を体積比でそれぞれ0, 50, 80, 100%に変化させた場合,客土の混合割合が高い土壌では下層土に比べて土壌の窒素無機化率は低く,植物体の成長が悪く,ヘアリーベッチや窒素肥料を施用した場合でも同様であった。客土の基本的理化学性や物理性の乏しさ,リン酸供給能力,pH緩衝能の不足,アンモニア態窒素の過剰蓄積と植物への害などが直接の支配要因となり,植物生育が制限されることが示唆された。体積比で20%以上下層土を混合することで植物生育に改善が見込めると考えられた。除染後土壌では次表層土をなるべく多く混合すること,その上で肥料施用が重要な役割を果たすと考えられた

  • 佐藤 孝
    原稿種別: 資料(2022年度シンポジウム概要)
    2023 年 3 巻 2 号 p. 29-35
    発行日: 2023/07/31
    公開日: 2023/08/25
    ジャーナル フリー

    福島県富岡町および大熊町は福島第一原発の南西部に位置し,原発事故の際は放射性物質により広範囲の地域が汚染され,住民の避難が余儀なくされた。帰宅困難地域が解除された地域の農地は除染され,農業復興が進みつつあるが課題は多い。除染後農地には窒素肥沃度が低い山土(山砂)が客土されている場合が多く,地力低下による生産性の低下が懸念されており,堆肥や緑肥などによる地力回復が提案さている。本報告では,当該地域において緑肥作物導入の効果について検討した結果を紹介し,緑肥作物普及の現状と問題点を解説する。緑肥作物には様々な種類があるが,本研究では主にマメ科緑肥作物の導入について検討した。各種マメ科緑肥の栽培試験を実施した結果,窒素集積量は830 -N/10aとなり,とくにヘアリーベッチは窒素集積量が多く,土壌窒素肥沃度回復には効果的であることが明らかとなった。また,ペルシアンクローバは,比較的過湿による影響を受けにくい品目であり,現地圃場においても過湿条件下における生育減退が起こりにくいことが実証された。 緑肥植栽後の作物栽培においては,水稲は無施肥でも目標収量を達成することができ,ソバにおいては緑肥による窒素鋤き込み量とソバの収量には正の相関があることが確認された。一方で,現地では農地の除染が進んでいるが,営農再開の見込みが不透明な農地が多く,保全管理をしながら農地を維持する必要がある。そのような農地においても地力回復をしながら管理することが重要であり,状況に応じた緑肥作物の栽培体系の構築が求められている。その一つの手段として,マメ科緑肥等を栽培しながら採蜜(養蜂)をする技術が検討されており,農作物の作付けが難しい農地においても地力回復をしつつ収益を上げながら省力的な農地管理ができる技術になると期待されている。現地の営農場面において緑肥の導入はあまり進んでおらず,試験的な緑肥の栽培のみが行われているのが現状である。営農再開している農地面積が増えていないこともあるが,地力回復の重要性や緑肥の利用方法が生産者に伝わっていないように感じている。富岡町,大熊町の自治体は営農再開には地力回復が課題であることを認識しているし,営農再開面積が増えてくれば緑肥の導入が進むと予想されるので,今後は生産者に向けた情報発信が重要になる

第2回 復興農学研究会:講演要旨集
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