未就学聾者の手話には一般に流通している標準手話とは異なる語彙分化が見られるが、原初的な側面が多く残し、自然言語の発生過程を想像させる現象が多くある。たとえば基本語彙と考えられている色名語彙がなく、実際の場面で実物を指さす。一方で手話者にとって必要な語彙は標準手話よりも詳細な具体的な表現も見られる。語彙分化は標準手話の進化過程とは別の過程を経ており、その原因が学校という教育環境の欠如にあることが推定される。筆者らは復元語彙により歴史的な変化過程を分析したいと考えている。文献としては日本語最古と推定される明治時代の鹿児島聾学校の手話辞典、昭和時代の初期手話通訳向けの手話辞典数点、そして近代の手話辞典、現代の手話辞典を比較できる。海外においては、アメリカ手話のcognatesがフランス手話に由来するとの歴史的研究以降は、むしろ共時的に各国の手話に共通性が見られるのは教育環境要因であるとの意見が主流であり、同一手話の歴史的研究はあまり見られない。我が国において19世紀の文献があることは奇跡的かもしれない。
手話の工学的研究は歴史的に手話表記法の研究から手話電子化辞書(基盤研究(A)(1) 平成11~12年度「手話電子化辞書拡充とその実用化のための総合的研究」研究代表者 神田和幸)へと発展してきたが、近年は手話文法も次第に明らかになってきており(基盤研究(A) 平成23~25年度「形態論的日本手話文法研究とその応用の研究」研究代表者 神田和幸,分担者 木村勉)筆者らは経験もデータもある。筆者らは新しい視点から(挑戦的研究(萌芽)平成30~令和2年度(予定)「手話認識システムを利用した手手辞典の開発と手話による百科事典の提案」研究代表者 木村勉)手話認識の研究へと進化させてきた。筆者らは手話研究の長い経験から、手話及びジェスチャに関する専門的知見が広いため、研究結果の提供のみならず、議論に参加し見識を述べることで示唆を提供できる立場にあると自負する。とくに手話言語起源論を復帰させ、現代の新たな視点から再考することは言語起源論及び言語進化論に対し参考になる部分が期待される。
筆者らの専門としている研究分野と当該領域が有機的に結びつくことにより、以下のような新たな研究が期待できると考えている。
① 工学的知見による手話研究は新たな動作学への研究手法と技術を提供するので、国内外の工学関係学会で成果を発表することで、工学者の関心を呼ぶと期待される。
② 福祉工学分野で本研究の成果が新たなニードを惹起し手話研究が聾運動に偏向してきた現状を言語研究へと回帰する転機になると期待される。
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