【はじめに、目的】 現在,大腿骨近位部骨折患者に対して,術後早期から急性期病院退院時の自立度を判定できる指標は殆どない. 歩行自立度の判定として膝伸展筋力を一つの指標とし判断できるという報告があるが,膝伸展筋力による歩行自立度の判定には,機器を必要とする問題がある.単一の膝伸展筋力のみでなく他の評価指標を用いて歩行能力を多角的に判断することが必要であると思われる.そこで今回,特別な機器を必要とせず簡便に測定可能である手すり支持椅子立ち上がりテスト(Handrail Support 30-sec Chair Stand:以下,HSCS-30)を使用し,HSCS-30が大腿骨近位部骨折患者の退院時の歩行能力を推定できる有用な指標となるかを検討した.【方法】 対象は2011年2月~9月に当院にて手術・リハビリを施行した大腿骨近位部骨折患者で,受傷前歩行能力が屋内歩行自立レベル以上,指示理解可能な16例(男性4例,女性12例,平均年齢76±9歳)を対象とした.骨折型は頚部骨折11例(人工骨頭6例,Hansson Pin 3例,髄内釘2例),転子部骨折5例(全例髄内釘)であった.術後,全例が術翌日より全荷重であった.評価指標および測定方法は以下のとした.1)HSCS-30は,高さ40cmの台に座らせ,非術側の肘関節屈曲30°で平行棒を握らせた.平行棒の高さは大転子外側端とした.「用意,始め」の合図で立ち上がり,すぐに開始肢位へ戻る動作を1回として30秒間の回数を測定した.2)握力は,非術側上肢の握力を測定し体重で除した値とした.3)疼痛は,Visual Analogue Scale(以下,VAS)にてHSCS-30測定時の疼痛の値とした.4)患側荷重率は,平行棒を両上肢で支持した状態で,2つの体重計の上に乗り足幅を10cm開いた立位で患側に5秒間保持可能な最大荷重量を測定し体重で除した値とした.5)膝伸展筋力は,健側と患側の膝伸展筋力をμ-Tas MT-1(アニマ社製)にて測定し体重で除した値とした.6)Functional Reach Test(以下,FRT)を測定した.7) 10m最大歩行速度(10 Meter Maximum Walking Speed:以下MWS)は,10mの最速歩行時間から求めた.1)~6)を術後5・7・10日目に,7)をリハビリテーション最終日に測定した.MWSおよびHSCS-30と他の指標との関連性を検討した.さらに,退院時,歩行自立群7名,非自立群9名の2群に分類して各指標を比較した.統計処理にはPearsonの相関係数,Spearmanの順位相関係数,対応のないt検定,Mann- Whitney U検定を用い,有意水準は5%以下とした.【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は, 当院の倫理委員会の承認後,対象者に研究の主旨を十分に説明し,研究参加への同意を得て行った.【結果】 HSCS-30は,退院時のMWSとの間で強い相関を認めた(r=0.65~0.71).また,HSCS-30とMWSとの相関は, 膝伸展筋力とMWSとの相関(健側r=0.62~0.72,患側r=0.54~0.56) と比べても同等か,より高い相関がみられた. HSCS-30と各指標との関連性は,膝伸展筋力との間 (健側r=0.60~0.70,患側r=0.53~0.54)および患側荷重率との間(r=0.59)に強い相関を認めた.歩行自立群7名と非自立群9名の比較では. HSCS-30は術後5・7・10日目において自立群が高値であった (P<0.01).【考察】 膝伸展筋力は,歩行能力と関連があり,膝伸展筋力が歩行自立の判別に有用な指標となると報告されている.しかし,膝伸展筋力での自立度の判定には機器を必要とするので簡易的に測定できる指標としてHSCS-30に着目した.今回,測定したHSCS-30は,歩行自立度の判別に有用とされている膝伸展筋力と相関があり,さらにMWSと強い相関がみられ,歩行自立群と非自立群の比較においても有意な差を示した.これらのことからHSCS-30は歩行能力を推定できる有用な指標であることが示唆された.また,歩行自立群と非自立群では,膝伸展筋力には有意差を認めなかったがHSCS-30には有意差を認め,HSCS-30は膝伸展筋力での歩行自立度の判定より有用な指標となることが考えられる.しかし,今回の研究では症例数が十分ではないので,今後症例数を増やし再度検討する必要がある.【理学療法学研究としての意義】 HSCS-30は特別な機器を必要とせず,簡便に測定でき早期から歩行自立度の評価指標として使用できることを示唆できた.
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