クロムは4つの安定同位体50Cr, 52Cr, 53Cr, 54Cr を持ち,53Cr/52Cr比の標準物質(SRM979)に対する偏差千分率δ53Crで表される.クロムは酸化還元変化に敏感な元素であり,酸化還元反応で同位体分別が起こることが知られている[1].ほとんどの大陸地殻や海洋地殻の
岩石
,頁岩などのクロム同位体比は-0.3から0‰の狭い範囲に収まる[2].一方,海水は+0.5~+0.7‰という重い値を持つ(Bonnand et al. in prep.).海水の溶存クロムのほとんどは6価として存在し,還元されると3価になる.3価のクロムは沈降粒子に吸着して海洋から除去される.この還元の際に同位体分別が起こり,軽い同位体が選択的に還元されるため,海水には重い同位体が残る.バハマバンクのウーイドのクロム同位体比は+0.7‰と,海水のクロム同位体比に近い値を持つ[3].方解石の共沈実験では,方解石中にクロムが取り込まれる際,溶液中のクロムが6価のままクロム酸イオンとして炭酸イオンを置換する形で取り込まれることが分かった[4].このことから,炭酸塩中のクロム同位体比は,海水の溶存クロムに由来すると考えられる.つまり,炭酸塩中のクロム同位体比から,地質時代の海水のクロム同位体比変動が復元できる可能性がある.6価から3価への還元は,比較的高い酸化還元電位で起こる(脱窒が起こる程度)ため,酸化的な海洋環境から還元的になる過程の初期段階で大規模な海水のクロム同位体比の変化が起こると予想される.筆者らは,現在,炭酸塩堆積物のクロム同位体比の酸化還元指標としての可能性を評価している.その一環として,白亜紀アプチアンに太平洋のMid-Pacific Mountains に堆積した
チョーク
(DSDP Site 463)と,Resolution Guyotに堆積した浅海性石灰岩(ODP Site 866),テチス海西部の陸棚遠洋域に堆積したイタリア・マルケ州の
チョーク
の炭酸塩相(酢酸リーチング)のクロム同位体比を測定した.アプチアンには,世界各地で有機質黒色頁岩が形成する海洋無酸素事変(OAE)-1aが起こっており,海水の酸化還元電位がドラスティックに変動している.太平洋の浅海性石灰岩のクロム同位体比は,+1.3~1.7‰と重い値を持ち,最も重い値は黒色頁岩の堆積が始まる直前のアプチアン最初期に認められた.一方,遠洋性
チョーク
では-0.3~0‰と,地殻と同じ値となった.本講演では,これらの石灰岩のクロム同位体記録と,微量元素や希土類元素のデータから,続成の影響や古環境指標としての可能性について議論する.引用文献: [1] Ellis et al. (2002) Science 295, 2060-2062; [2] Schoenberg et al. (2008) Chem. Geol. 249, 294-306; [3] Bonnand et al. (2011), JAAS 26, 528-535. [4] Tang et al. (2007) GCA 71, 1480-1493.
抄録全体を表示