1.はじめに
近年、歴史的町並み保全の動きが全国で盛んにみられるようになってきた。特に、地域に残された歴史的町並みを新たな地域資源として活用しようと試みている事例が多くみられる。しかし、全ての事例が地域づくりとして、必ずしも成功しているとはいえないのが現状である。そこで本発表では、歴史的町並みを新たな地域資源とし、観光を主軸に積極的な地域づくりを進めている川越を取り上げ、可視的空間としての景観と人々の景観認識とを分析し、社会全体の流れと照らし合わせることによって、歴史的町並み景観における空間について考察することを目的とする。なお本発表においては、現在に至るまでの歴史的背景を考慮した歴史性、可視的要素としての造形物、人々が抱く認識の3項目から地域を捉えることとした(図1)。また、調査の対象地域は、川越の中でも旧城下に位置し、近年様々な町並み整備が行われてきた、(1)一番街、(2)
大正浪漫夢通り
、(3)菓子屋横丁の3つの通りとする。
2.景観調査の結果
歴史的建造物が数多く残る一番街に対しては、実に多くの町並み整備事業が行われており、その結果、町並みには統一性、連続性が生じていた。特に階層、屋根の勾配、色彩からは全体としての統一性が感じられる。同じく歴史的建造物を有する
大正浪漫夢通り
においても、様々な町並み整備事業が展開されているが、建造物にバラつきがあり、その結果、統一性には欠けている。一方、菓子屋横丁に関しては、ほとんど整備事業が施されていないため、建造物としての統一性には欠如している。
3.景観認識に関する分析
観光客は一番街に対して、蔵造りなどシンボル性のある建造物や修景、色彩の統一感などに高い評価を示しており、これらの結果は景観調査の結果と一致する。一方、景観調査の結果では評価の低かった菓子屋横丁に対しては、賑やかさや店先の商品、食べ物の匂いといった従来の景観整備では考慮されてこなかった項目に評価が集まった。
さらに、観光客が抱く町並みの時代的イメージと現実の景観とを比較してみると、実際には明治期の蔵造り町屋が残る一番街の町並みを見て、江戸と答える観光客が多いことがわかった(図2)。これには「小江戸」というキャッチフレーズが大きく影響していると考えられる。その影響で川越全体の時代的イメージも、江戸に偏った傾向が見られる。つまり、蔵造りのある一番街が、川越全体のイメージに大きな影響を与えているということに他ならない。また、多くの人が菓子屋横丁を昭和と判断しているのも着目すべき点として挙げられる。
4.まとめ
一番街には、商家町としての歴史的背景に、蔵造りなどの歴史的建造物が現存し、そこへ小江戸というイメージが加わることによって、強い地域性を持った通りを形成していた。
大正浪漫夢通り
は、歴史的建造物があるにも関わらず、大正という時代のイメージが抱きにくいという難点もあり、他と比べて認知度が低く、あまり歴史性が感じられない。一方、菓子屋横丁には、造形物としての歴史性や統一感はないが、かつては日本中どこにでもあった駄菓子文化と、懐かしさとが結びつき、日常性や界隈性の感じられる通りを形成していた。これらの要素は観光客に非常に高く評価されており、このことからも、町並み整備においては美しい可視的空間の整備だけでなく、人や物の賑やかさや匂いといった、日常性や界隈性に配慮した新しい視点に立った空間づくりが今後重要視されてくると考えられる。
以上のような点から、川越はタイプの異なる3つの通りを自由に回遊できる空間を有し、社会の動きに即応した空間づくりを行ってきたということが、観光地として賑わいを維持する1つの要因に成り得たと考えられる。
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