林市藏は,大阪府知事時代に方面常務委員とともに大阪府方面委員制度立ち上げの労苦を分かち合った.退官後には方面顧問となり,引き続きその制度育成に影響を与え続けた.初期の方面常務委員は地域の有力者であったが,なかでも沼田嘉一郎は,市会議員・代議士にもなった.そして彼は,救護法制定・実施促進運動で活躍した.ところで,林と沼田をはじめとする常務委員は,方面委員制度の方向性に対する考え方に若干の相違があった.そして実際にどちらの方向に向かったかは,制度の運用にどちらが主導権を握っていたかによる.結論としては,常務委員会での林と沼田ら常務委員との関係においても,教護法制定運動や実施促進運動においても,主導権を握っていたのは,林といえる.つまり林の考え方が相当程度に実現された.しかし全国的制度になって以降の方面委員制度を林や常務委員がどう評価したかは,また別問題である.
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