【はじめに】
全人工膝関節置換術(TKA)後患者の約15%が術後遷延痛の経過を辿るとされており,神経学的要因や心理社会的要因が影響すると言われている。これらの因子が影響し痛みの病態が特定できない状態を中枢性感作症候群(Central Sensitivity Syndrome:CSS)の一つとして考える。今回,CSS が疑われるTKA 術後患者に対し,
患者教育
を実施することで, 疼痛軽減と活動量拡大を図ることができたため報告する。
【症例紹介】
70 代女性,50 代頃より両膝関節痛が出現し整骨院にて物理療法行うが疼痛軽減せず, 右TKA を実施した。術前の服薬管理ができておらず,X-3 日から入院となり,X 日に右TKA 施行し,X+5 日に回復期リハビリテーション病棟へ転棟, リハビリ開始となった。
市販薬への固執が強く, 病院処方に対する不満が強かった。疼痛が膝関節の術創部周囲のみでなく, 特に器質的な問題のない, 右下腿前面から足関節にかけて生じており, 触れられるだけで声が出るほどだった。
【理学療法初期評価(X+5 日)】
関節可動域(ROM)は右膝関節屈曲85°, 伸展-15°で, 筋力(MMT)は股関節屈曲4, 膝関節伸展2(疼痛あり)。TUG は実施不可であった。破局的思考(PCS)は16点(反芻12点,無力感4点,拡大視0点),不安・抑うつ(HADS)は不安10 点, 抑うつ1 点。痛みに対する自己効力感(PSEQ) は32 点, 運動恐怖感(TSK)は37 点,CSS の評価(CSI-9)は14 点, 準WOMAC は膝の痛み(右/ 左)17/17, 身体機能57 点であった。
【理学療法プログラム】
関節可動域運動, 下肢筋力運動, 歩行練習などの標準的な運動療法に加えて, 痛みに対する
患者教育
を実施した。
患者教育
の内容は, 神経生理学に基づいた
患者教育
(pain neurophysiology education:PNE)と活動日記を実施した。
【
患者教育
】
PNE では,CSS の特徴である広範囲疼痛, 過剰痛覚の機序を神経生理学の観点から説明した。また, 痛みや炎症など術後の経過や変化について説明をした。活動日記は退院10 日前より記録し, 痛み強度(NRS), 歩数, コメントを記載した。痛み強度については, 部位は指定せず, 1日の中での目安として記載した。
【理学療法最終評価】
ROMは右膝関節屈曲120°,伸展-5°で,MMTは股関節屈曲5,膝関節伸展4(疼痛あり),TUG は杖にて19.84 秒, 独歩にて20.66 秒であった。PCSは4点(反芻4点,無力感0点,拡大視0点),HADSは不安3点,抑うつ0 点。PSEQ は52 点,TSK は36 点,CSI-9 は5 点, 準WOMAC は膝の痛み(右/ 左)14/13, 身体機能22 点であった。下腿から足関節の疼痛は消失した。回復期入院日数は46 日であった。
【活動日記について】
歩数の平均は3391 歩(最高:4304 歩, 最低:2797 歩),NRS の平均は4.5(最高:5, 最低:4)であった。活動日記実施1日目に『キズの痛みあり』,3 日目に『足が腫れ, 歩きにくい』とネガティブなコメントが見られていたが,7 日目に『股関節痛がよくなってきた』,9 日目に『動いていない時の痛みが良くなった』とポジティブなコメントが見られるようになった。
【考察】
PNE などの
患者教育
を実施した事によって, 不安感の軽減や痛みの破局化を防ぐことができたことがPCS,HADS の点数改善につながったと考えた。
活動日記に取り組む事で, 自身へのフィードバックがなされ, 自己効力感の向上につながった可能性があった。本症例の退院時の活動量は, 飛永らが報告したTKA 患者の退院時の活動量(2256.5 歩± 1576.7)より多かった。痛みがありながらも, 一定の活動量の維持ができており, 運動の習慣化が図れていた。これらには自己効力感の向上が必要と報告されており, 活動日記による自己効力感の向上が影響したと考えられた。
【倫理的配慮,説明と同意】
本症例に対し, 学会発表の主旨, 目的等を説明し, 書面にて同意を得た。
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