【目的】
ハイヒール着用が腰痛をはじめ様々な愁訴の原因になることは以前より指摘されている( 石塚 1988 ).ハイヒールは踵を挙上して,前傾姿勢を強制するため,骨盤の前傾が増強すると一般的には考えられている.しかしハイヒールの使用による姿勢変化に関する報告では,骨盤の前傾,腰椎前彎増強( 岩倉ら 1992 ),骨盤の後傾,腰椎後彎( Franklin M 1995 ),あるいは変化なし( Snow RE 1994 )と様々である.以上の様に結果は異なるもののハイヒール使用による静的な姿勢解析の報告は散見されるが,歩行など動的な姿勢解析の報告はあまり行われていない.我々は,静的な評価よりも動的な歩行の評価において骨盤の矢状面変化が大きく生じ,その変化が腰痛の発生と関連するのではないかと考える.本研究では,予め100名の女性( 平均年齢24.0±6.6歳 )にハイヒールに関する自覚的な愁訴についてアンケート調査を行った.結果,回答者の83%が何らかの愁訴を訴えており,腰部痛を訴える者は全体の21%であった.今回,我々はハイヒール着用時の歩行が,裸足歩行と比べて骨盤角度の変動にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにすることとした.
【方法】
被験者は歩行に影響のない整形外科的疾患・神経学的疾患の既往のない健常人女性9名で,平均年齢19.7±1.5歳,平均身長157.6±5.4cm,平均体重49.6±5.9kgであった.計測には,三次元動作解析装置VICON MX( Oxford Metrix社製 )を用い,plug-in gaitに準じマーカーを貼付し解析を行った.被験者には,普段履きなれたハイヒール( 以下,ハイヒール群 )と,裸足( 以下,裸足群 )の2つの歩行条件を設定し,骨盤角度,足関節角度,歩幅を計測した.各被験者ごとに3回の計測を行い,平均を求めて歩行解析した.各被験者の歩行速度は,self-control speedとし,計測前にハイヒールと裸足でのケイデンスを計測した.メトロノームを使い,被験者は計測したケイデンスに合わせて歩行した.比較には,t検定を用いて,有意水準はp < 0.05を有意差ありとした.
【説明と同意】
被験者へは口頭および文書にて本研究の内容について説明し,十分理解した上で承諾を得た.アンケート調査は無記名とし,データは統計的に処理して公表するため,個人が特定される危険がなくプライバシーが十分に保護されることを,被験者に伝えた上で実施した.
【結果】
静止立位において,骨盤角度は裸足群( 13.1±4.1°) と比較して,ハイヒール群( 12.1±4.4°)では有意に後傾していた( p = 0.012 ).歩行時,骨盤角度は踵接地時と,踵接地から立脚中期の間でそれぞれ比較して,ハイヒール群( 11.2±6.8°),裸足群( 12.8±6.5°)と比べて有意に後傾していた( p < 0.01 ).一方,静止立位において,足関節は裸足群( -0.7±2.5°)と比較してハイヒール群( -27.1±4.5°)で有意に底屈していた( p < 0.01 ).また,歩行時,立脚中期における足関節背屈角度の変化量は,裸足群( 7.1±2.1°)と比較してハイヒール群で( 4.9±1.8°)有意に低下していた( p < 0.01 ) .歩幅は裸足群( 0.62±0.03 m )と比較してハイヒール群( 0.60±0.02 m )で有意に低下していた( p = 0.017 ).
【考察】
ハイヒール群では裸足群と比較して有意に足関節底屈を呈し,関節可動域に制限を認められた.踵接地時に起きる衝撃は、骨盤角度を後傾させるが,我々の研究ではハイヒールを着用することで,接地時の衝撃を吸収する足関節の関節可動域が制限されており,このため踵接地の衝撃が吸収できず,その結果,骨盤の後傾が有意に増加し,踵接地時の衝撃吸収作用を代償していることが示唆された.踵接地時の衝撃は,瞬間的に作用するものであり,ハイヒール着用時に,腰痛が引き起こされるひとつの要因と考えられた.
【理学療法学研究としての意義】
ハイヒール着用時の骨盤角度の違いは,腰痛発生の原因のひとつと考えられており,多くの先行研究が,ハイヒールによる身体への影響を明らかにしようとしている. 本研究では,ハイヒールと裸足の歩行の違いが,骨盤角度にどのような影響を与えるのか解明を図った.結果,腰痛患者でハイヒールの使用時間が長い症例には骨盤後傾が影響している事を考慮して治療をしていく必要がある.
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