◆はじめに 日本アルプス(JA)の各地に大規模地すべりが存在する
。従来,JAの大規模地すべりは,主に地形学や地質学,災害地理学の観点で研究対象とされることが多かった
。ところが最近になり,大規模地すべりが高山帯-亜高山帯の生態系の発達に影響を及ぼしている可能性が
植生地理学
や地生態学の視点から指摘されるようになった。また地すべりの作り出す地形や土壌条件が山腹-山麓における集落の成立や土地利用形態に関与していることも指摘されている。さらに,大規模地すべりをジオサイトとした世界ジオパークもある
。 このように,JA各地の大規模地すべりは地理学の多様な視点と手法でとらえることが可能なはずであるが,総合的・網羅的な討論の機会は従来ほとんどなかった。JAには,どこに・どのような・いつごろの大規模地すべりが存在するのかといった基本問題を解き明かすことを手始めに,大規模地すべりが自然環境や人間生活に与える影響・効果・災禍を解読するにはどのような地理学的アプローチがあるのかや,大規模地すべりを地域発展や生涯教育・防災教育に活かすにはどうしたらよいのか,私たち地理学研究者はどのように連携すべきか,といった話題はもっと議論されてよいであろう。 このことの端緒をつかむために,地形学や地質学,
植生地理学
,災害地理学,地理空間情報学などの専門家による討論の場として,私たちはこのシンポジウムを企画した。個々の発表やコメント,総合討論を足がかりに,地理学が発信するジオグラフィック・ランドスライドロジー(地理学的総合地すべり学)の方向性や到達点を探るのが本シンポジウムの主たるねらいである。以下,本シンポジウムのあらましを述べる。 ◆地形・地質 大規模地すべりを扱った地形学・地質学的研究は最近多くの知見を得てきた。それについては,2013年信州大学・日本地理学会日本アルプスの大規模地すべり研究グループ共催シンポジウム(『日本アルプスの大規模地すべり:第四紀地形学・地質学的視点から』)での発表
,包括的レビュー論文
をはじめ,本大会において
苅谷愛彦らがポスター報告を行っている。本シンポジウムでは,JAにおける大規模地すべりの分布特性や地質との対応について,
齋藤 仁氏に防災科研地すべりデータベースや高精細DEM,数値地質情報などを組み合わせてGIS解析した結果を報告していただく。またJAの地形発達に果たす大規模地すべりの働きを,地形営力論や宇宙線生成核種を用いた年代論を絡めて,
松四雄騎が詳しく論じる。 ◆地生態 上述のように,JAの高山帯・亜高山帯における生態系の発達に大規模地すべりが及ぼした影響はほとんど解明されていない。JAにおける池沼の形成や植生成立と大規模地すべりとの関係を,
高岡貞夫が主に北アルプスを例にあげて野外・室内解析の両面から探ってゆく。 ◆災 害 いうまでもなく,JAでは大規模地すべりに起因する土砂災害が多発してきた。
井上公夫氏には,地質調査も交えたうえで,歴史史料や古文書をひもといて主に歴史時代-現代の事例を整理し,湿潤変動帯の大起伏山地であるJAの土砂災害特性を論じていただく。 ◆環境利用 JAでは,大規模地すべり地が集落や耕地として利用されている例が少なくない。
目代邦康氏には大規模地すべりが人間生活や人間による環境利用に結びついていると考えられる事例を複数あげ,それらの相互関係を論じていただく。 ◆ジオパーク JA北端山麓にある糸魚川世界ジオパークを除き,JAでは大規模地すべりをジオパークに組み込む目立った動きはいまのところない。
宮城豊彦氏には,大規模地すべりはいかにジオパークに活用しうるのかを,栗駒山・荒砥沢大規模地すべりの実例をもとに論じ,JAにおける将来展望を透視していただく。 ◆コメント 以上の発表に対して,2名にコメントをお願いする。ヒマラヤをはじめ世界各地の大規模地すべりを実見してきた
檜垣大助氏と,野外・室内調査の両面からJAのマスムーブメント研究を進めてきた
小口 高氏である。 ◆総合討論 発表者とコメンテータのほか,フロアをまじえた全体質疑と総合討論を行う。地理学が主体となってランドスライドロジーを展開することの意義をはじめ,地理学研究者の総力を集めるといかなるジオグラフィック・ランドスライドロジーが展開可能なのかや,今後の課題は何かについて意見を交わしたいと考えている。
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