抄録
1.はじめに植生と気候の両者は地球環境の構成要素の中でも人間社会と非常に密に関わっており,その本質を理解することは,地理学の一つの大きな役割と考える.特に,両者のグローバルな分布関係は,植生地理学における最も本質的かつ基本的なテーマであり,従来から盛んに研究されてきた.例えば,Budyko (1986)は放射乾燥指数と正味放射量を植生帯と関連付けたダイヤグラムを提示した.Lieth (1975)は世界の植生と気温,降水量との関係を図示した.また,Ohta et al. (1993)も同様の気候物理量と筑後モデルで推定した純一次生産力(NPP)との関係を示すダイヤグラムを作成した.しかし,現実の植生状態を全球陸域で知ることは地上観測によっては不可能である.これに対し,衛星観測は全球植生について均質で桁違いに大量の情報量をもたらす.衛星データを使って植生と気候との関係についての従来からの理解を見直すことができる.2. 植生指数(NDVI),湿潤指数,温量指数葉緑素の色素は可視域では反射率が小さいが,近赤外域では非常に大きい.この植物特有の分光反射特性を利用し,植生指数(NDVI: Normalized Difference Vegetation Index)がNDVI = (NIR - VIS) / (NIR + VIS)で計算される.NIRは近赤外域,VISは可視域での反射率である.NDVIは算術的には-1 _から_ 1の値域をとるが,現実の陸域の場合,0.0 _から_ 0.7程度の値をとる.この原理を利用して,衛星観測値からNDVIを計算することができる.本発表では衛星「NOAA」のセンサー「AVHRR」のデータを使った解析を紹介する.温暖月(北半球は3月から9月,南半球は9月から3月)における10年(1986_から_1995年)の平均NDVIを各1×1度グリッドセルについて計算した.湿潤指数は可能蒸発量に対する降水量の比と定義し,温暖月の10年平均値を各1×1度グリッドセルについて計算した.同様に,10年間平均の温量指数(月平均気温のうち5℃を越えた部分の年間積算気温)を同様のグリッドセルについて求めた.3. リモートセンシングによる植生_-_気候ダイヤグラム陸域の各1度グリッドセルにおける平均NDVI,湿潤指数,温量指数を図1にプロットした.湿潤指数,温量指数共に大きいとNDVIも大きいが,どちらかでも小さいとNDVIが小さい.これは,水分や温度条件が植生分布の制限要因となっていることを表している.大きく見ると,図の上半分の領域ではNDVIが湿潤指数に依存して変化し,下半分の領域では温量指数に依存している様子がわかる.これは,全球の植生を規定する気候条件が水分,あるいは温度であるのかを大局的な視点から分離して表している.リモートセンシングによる植生データを使って初めて明らかになった全球植生分布の特徴と言えるだろう.以上のように,リモートセンシングによる植生データを用いると,全球陸域の植生と気候分布の基本的な関係を面的に密に,かつ均質な情報に基づいて分析することができる.その結果からもたらされる植生と気候との基本的関係に関する理解は,地球環境変動を予測する際の知識資産として大きく役立つと考える.謝辞と引用文献:地球環境フロンティア研究センターの徐健青さんと本谷研さんの計算結果を利用させていただいた.Budyko, M.I. 1986. The Evolution of the Biosphere. Translated by M.I. Budyko, S.F. Lemeshko, and V.G. Yanuta. Holland: D. Reidel Publishing Company.Lieth, H. 1975. Modeling the primary productivity of the world. In Productivity of the Biosphere, ed. H. Lieth and R.H. Whittaker. 237-263, New York: Springer-Verlag.Ohta, S., Uchijima, Z., and Oshima, Y. 1993. Probable effects of CO2-induced climatic changes on net primary productivity of terrestrial vegetation in East Asia. Ecological Research 8: 199-213.