◆はじめに 近年,「深層崩壊」とよばれる大規模な基盤岩地すべりや,その前兆にあたる岩盤の重力変形について,それらの機構解明や発生位置の予測に関する研究が進んでいる。山地の地形発達や土砂災害抑止策を論じるには,こうした研究とともに,地すべりやその前兆現象の分布・形態,編年など地形学や第四紀学に関わる研究が重要である。発表者らは,最近数年間にわたり日本アルプス(JA)の大規模地すべり(土石流や落石を除く広義の意味で使用)について研究を進めてきた。本発表では,これまで得た主な知見を整理し,今後の課題を提示する。なお,本発表に関連したシンポジウム『地理学からみる日本アルプスの大規模地すべり』が本大会中に開催される。本発表とあわせて,シンポジウムにも参加いただければ幸いである。 ◆地すべり地の分布 空中写真判読ベースの地すべり地形分布図が防災科研から公表されている。
齋藤は,このデータベースと精細DEM,数値地質・数値気候情報などをGIS解析することで,JAにおける地すべりの分布特性や地すべり移動体の規模-分布頻度の関係などを検討した。地すべり地はJAの4.6-11.6%(面積比)を占め,分布規定要因として地質や気候が重要であることが判明した。
佐藤・苅谷は白馬岳周辺の詳細地すべり地形分布図を作成し,氷河地形に類した地すべり地が多数分布することを明らかにした。
苅谷・松四は高精細DEMを用いて上高地一帯の岩盤重力変形と地すべり地を抽出し,流れ山群や巨大地すべり堆,線状凹地群を新たに見いだした。 ◆地すべり堆積物
苅谷ほか演者らの全員がJA各地で岩屑堆積物を再記載し,成因や年代を再検討している。これにより新規に地すべり堆積物が発見された(例:タンボ沢,
甘利山
御庵沢)。また従来,氷河性と判断された堆積物が地すべり性である事例も複数見いだされた(例:高天原,ドンドコ沢)。
原山・苅谷は上高地で物理探査を行い,梓川現河床下に厚い地すべり堆積物が分布する可能性を指摘した。以上と平行して地すべりの年代資料も蓄積してきた。新規測定された
14C年代値も多い(例:高天原,七面山,櫛形山,ドンドコ沢,農鳥岳大門沢)が,
14C法やテフラ編年法の弱点を補完すべく
松四・西井による宇宙線生成核種(TCN)年代測定が格段に進んだ(例:内蔵助谷,蝶沢,上高地弁天沢,野口五郎岳,烏帽子岳)。 ◆岩盤重力変形 岩盤重力変形について,
西井や佐藤,苅谷はその地形表現である線状凹地(烏帽子岳・八方尾根)の埋積土層を掘削し,線状凹地の形成が完新世であることを明らかにした。
西井・松四は野口五郎岳の線状凹地を区切る低崖の成長をTCNで編年し,完新世に段階的な滑動があったことを指摘した。
西井は間ノ岳において長期の地形作用モニタリングと精密反復測量を実施し,融雪期を中心とした岩盤の変形と破壊過程を詳細に明らかにした。 ◆地すべり地と山地生態系 高山帯・亜高山帯において,地すべり地の形成が積雪・植生分布や生態系の発達に影響を及ぼす例が見いだされた。
高岡はJAの標高2000 m以上に存在する304湖沼の成因分析を試み,65湖沼が地すべり移動体に,137湖沼が線状凹地に生じていることを明らかにした。またこれらの湖沼は,珪藻などの成長に好適な環境を創成していることが水質や微化石の分析から解明された。この他,地すべりと植生との関係についてレビューも行った。
苅谷・高岡・佐藤は,白馬岳や烏帽子岳の高山帯において,地すべり性微地形が積雪や土壌水分の偏在性をもたらし,植生分布を規定している例を報じた。 ◆課 題
(1)地すべり地形学図の見直し・・・高精細LiDAR-DEM陰影図などを用いて地形判読を行い,等高線図や空中写真では掌握できない微地形や岩盤重力変形をとらえる必要がある。これにより,JAの高山帯・亜高山帯の地形発達に関する研究者の既成概念が変わるかもしれない。新たな議論がおこることも期待できる。
(2)氷河地形(堆積物)との識別・・・氷河性とされた地形(堆積物)には地すべり起源のものが含まれる。両者の識別は,氷河と地すべりの両分野にとって重要である。それぞれの専門家による野外ワークショップやシンポジウムの開催などが望まれる。
(3)編年・・・TCN法の適用により同位体ステージ3-4やそれ以前の地すべりも明らかになってきた。今後も測定環境を整えるべきである。また樹木年輪のδ
18O編年や
14C年輪ウィグルマッチング編年なども試行的かつ積極的な導入が検討されてよいであろう
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