Ⅰ 「
社会的排除
/包摂」という概念社会的排除
という概念の歴史は,バラ・ラペール(2005:1-10)に詳しい.以下はそれを参照する.この概念は,1970年代にフランスで生まれたとされ,その後,EUの欧州委員会によって1990年代にかけて普及した.この背景には,新自由主義と結びつくグローバル化による社会的結束の喪失や脆弱さの拡大に福祉国家の役割が十分に機能しなくなった状況がある.また
社会的排除
は,経済的・社会的・政治的という3つの側面による多次元的な剝奪を動態的な過程で捉えるという特徴があるため,従来の経済的な側面のみから語られる「貧困」とは異なるものであり,「社会的諸問題の分析に対する新しいアプローチ」(バラ・ラペール 200520)である.社会的包摂という概念は上記で述べてきた
社会的排除
とセットで用いられてきた.包摂では,排除の背景にあったグローバル化の経済効果を追求する一方で,労働参加を国民の義務として課すことで社会の結合や連帯を追求する(岩田 2008:166-167).
Ⅱ 社会的排除
/包摂論と人文地理学 英語圏の地理学においては,2000年ごろからに
社会的排除
(social exclusion)を表題に掲げるprogress reportsがみられるようになってきた.ところがそこで論じられたのは,階級による
社会的排除
が人文地理学にとって重要なテーマであるにも関わらず,人文地理学者たちはこれらの問題から目をそらしてきたという事実(Mohan 2000:296)や,
社会的排除
における重要な議論において地理学が排除されているという事実(Cameron 2005:196)であった. 一方で,人文地理学では場所がもつ排他性が空間的な分極化と深くかかわっており,「寄せ場」やホームレスの研究が蓄積されてきた.つまり
社会的排除
は,人文地理学において決して無関係な概念ではない.また大阪公立大学の地理学教室が発行する『空間・社会・地理思想』誌の第26号(2023年)では,「包摂性をめぐる都市・地域変容のリアリティ」という特集も組まれ,格差の時代における人文地理学の役割も再考されよう.
Ⅲ ひとり親世帯は社会的排除
/包摂論で捉えられるか このように,人文地理学においては,
社会的排除
がもたらす空間的な側面に着目して実証研究が積み重ねられてきた.しかしながら,依然として地理学において議論されてこなかった人々がいる.それがひとり親世帯である.とくに母子世帯は,経済的な貧困や労働市場における底辺化によって安価な公営住宅や支援施設に入居せざるを得ない場合が多く,居住空間の分極化が招かれやすい. 当日の発表では,現在の日本で行われているひとり親世帯に向けた「包括的」な支援施策を批判的に検討しながら,人文地理学においてひとり親世帯を,
社会的排除
/包摂論で取り上げることができるのか,またそれはどのようにして達成され得るのかを検討する.
文献岩田正美 2008.『
社会的排除
―参加の欠如・不確かな帰属』有斐閣.バラ, A. S・ラペール, F.著,福原宏幸・中村健吾監訳 2005.『グローバル化と
社会的排除
―貧困と社会問題への新しいアプローチ』昭和堂.Bhalla, A. S and Lapeyre, F. 2004.
Poverty and exclusion in a global world, 2nd edition: Palgrave Macmillan.Cameron, A. 2005. Geographies of welfare and exclusion: initial report.
Progress in Human Geography 29(2): 194-203.Mohan, J. 2000. Geographies of welfare and social exclusion.
Progress in Human Geography 24(2): 291-300.
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