【目的】脳損傷後片麻痺者の最大
随意筋
力は歩行機能と密接に関連する重要な因子である。片麻痺者の筋力は、等速性筋力測定装置や徒手筋力計を用いて測定され、その再現性や歩行機能との相関については多くの報告がなされている。しかし、実際に歩行中に生じる関節トルクとの関係については明確ではない。本研究の目的は徒手筋力計で測定した片麻痺者の最大随意等尺性筋力と歩行時に発生する最大関節トルクとの関係を明確にすることである。
【方法】対象は屋内歩行が可能な地域在住の脳損傷後片麻痺者10名(平均年齢50.1±11.1歳、男性6名、女性4名)とした。発症からの平均期間は68±80か月であった。最大随意等尺性収縮(Maximum Voluntary Isometric Contraction: 以下MVC) における発揮筋力の測定は、股関節屈曲筋、伸展筋、膝関節屈曲筋、伸展筋、足関節背屈筋、底屈筋に対して行い、測定にはアニマ社製徒手筋力計(μTAS)を用いた。歩行中の関節トルクのPeak値(Peak Joint Torque:以下PJT)の測定は、DKH社製三次元歩行解析システム(Fram-DIAS IV)とキスラー社製可搬型床反力計測システムを用いて行い、得られた一歩行周期中の股関節、膝関節、足関節の矢状面上における伸展-屈曲(底屈-背屈)方向の関節トルクにより算出した。MVCおよびPJTから、それぞれのトルク体重比を算出した。また、三次元歩行解析結果から、股関節、膝関節、足関節角度のPeak値を算出した。また臨床評価として、10m歩行速度、Timed Up and Go(TUG)、筋緊張評価として足関節における底屈筋のmodified Ashworth Scale(MAS)および麻痺側背屈筋の関節可動域の測定を行った。また、同時に深部および表在感覚も調べた。MVCとPJTにおけるトルク体重比の比較には対応あるt検定、臨床評価との関連についてはPearson相関係数、Spearman相関係数を用いた。
【説明と同意】本研究は、医学系研究科医の倫理委員会の承認を受けて行われ、すべての対象者に口頭と文書による説明を行い、同意書を理解し署名を得た対象者に対して行った。
【結果】麻痺側において、膝関節伸展、足関節背屈でMVCの方が有意に大きくなっていたが、股関節伸展、膝関節屈曲、足関節底屈はPJTの発揮トルクのほうが有意に大きかった。一方、非麻痺側では、膝関節屈曲、膝関節伸展、足関節背屈でMVCの方が有意に大きくなっており、足関節底屈のみPJTの発揮トルクのほうが有意に大きくなった。麻痺側のMVCは、股関節屈曲(r=0.87,p<0.01)、伸展(r=0.79,p<0.01)、膝関節屈曲(r=0.78,p<0.05)、足関節底屈(r=0.82,p<0.01)で歩行速度と、股関節屈曲(r=-0.78,p<0.01)、足関節底屈(r=-0.78,p<0.01)でTUGと有意な相関を示した。しかし、非麻痺側のMVCおよび、麻痺側、非麻痺側のPJTではこのような関係は見られなかった。また、PJTの底屈トルクが大きく生じる者ほど、歩行時の背屈角度が小さくなっていた(r=-0.70,p<0.05)。歩行時の背屈角度は、MASや背屈可動域とは関連が見られなかったが、深部感覚との関係(r=-0.79,p<0.01)が認められた。
【考察】一般に筋力は関節モーメントや筋長などの影響を受けるため、異なる姿勢や運動間での比較は難しいとされる。しかし、歩行時の筋活動が、OKCで行われた最大等尺性随意収縮を超えることは考えにくい。実際に、片麻痺者の結果において非麻痺側では底屈以外のPTJがMVCを下回っていた。それにもかかわらず、麻痺側では多くの運動方向でPTJの方がMVCよりも高値を示していた。このような麻痺側におけるPJTの優位性は、皮質脊髄路の損傷により最大
随意筋
力が選択的に低下することに起因すると考えられる。一方、歩行速度やTUGなどの臨床との関連性は、PJTより低い筋力しか発揮していないはずのMVCの方が高かった。この理由として、高いPJTを示すものほど、深部感覚障害によって立脚期に過剰な底屈が生じているという結果で示唆されるように、かえって機能的に不利な状態を生じさせている可能性が考えられる。
【理学療法学研究としての意義】本研究では、片麻痺者の最大随意収縮より、歩行で生じている関節トルクの方が高いこと、しかし歩行速度などのパフォーマンスは、歩行中に生じるトルクよりも最大
随意筋
力(言い換えると、筋力を制御する能力)の方が高いことを報告した。これは片麻痺者の筋力と歩行の関係についての議論を深める一助となると考えられる。
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