【目的】 近年,人工膝関節置換術(以下TKA)の歩行解析では矢状面での膝関節屈伸機能や前額面での内外反変化の報告は多数散見する.しかし,TKA施行による股関節及び足関節を含めた歩行中の下肢全体に及ぼす影響や検討した報告は少ない.今回,TKA施行前後における立脚期の股,膝関節屈伸及び足関節底背屈角度について定量解析し,特徴変化を把握することを目的とした.【方法】 対象は当院入院中の両側変形性膝関節症(以下KOA)に対して両側同時TKAを施行した女性12名.平均年齢74±6歳,体重63±11kgであった. TKA施行前のROMは膝関節屈曲右118±14°左115±16°,伸展右-10±8°左-10±12°であり,横浜市大分類における変形性膝関節分類(以下OAGrade)4にて独歩可能者を対象とした.課題は10m直線歩行路上における自由歩行を測定課題とし,測定前に複数回の試行を実施した.両側の肩峰,上前腸骨棘,大転子,腓骨頭,外果,踵骨隆起,第5中足骨頭に直径15mmの赤外線反射標点を貼付し,5施行を計測した.測定課題において,実施中の標点位置を三次元動作解析装置(ライブラリー社製)を用いて,サンプリング周波数120Hzにて記録した.1歩行周期を解析ソフトMoveTr32使用し, 一人の平均的波形を抽出するために,最小二乗法により最適化を行い,位相を合わせた.また,画像データからランチョ・ロス・アミーゴ方式にて,立脚期をloading response(以下LR),mid stance(以下MSt), terminal stance(以下TSt),preswing(以下PSw)に分類し,各運動相における左右の股関節,膝関節,足関節角度の平均値と立脚期を100%とした区間時間比率をそれぞれ算出した.更に区間時間比率を術前後にて比較検討するため,対応のあるT検定を用いた.有意水準は5%未満とした.測定日は術前及び術後平均16±3病日に実施した.【説明と同意】 本研究の目的および方法について,十分に説明し書面にて同意を得た.なお本研究は,本学医学部の倫理委員会の承認を得て行った.【結果】 各運動相における各関節の平均角度は右側術前股関節屈曲時LR26.3±9.8度,術後18.2±4.5度,MSt術前22.8±10.9度,術後13.9±4.5度,TSt術前8.7±5.3度,術後9.9±2度,PSw術前10.2±2.8度,術後10.1±2.8度となった.また,右側術前膝関節屈曲はLR20.5±6.7度, 術後11.8±4.5度,MSt術前24.3±6.7度,術後13.6±4.9度,TSt術前26±9.1度,術後13.2±4.2度,PSw術前27.5±9.5度,術後24.4±6.4度となった.足関節底背屈角度は背屈をプラス,底屈をマイナスと表記し, 右側LR術前0.4±3.7度, 術後-1.9±3.6度,MSt術前-0.9±4度,術後1.6±6.7度,TSt術前18.7±4.1度,術後12.4±4.5度,PSw術前12.2±5度,術後3.1±5.1となり,左股関節,膝関節,足関節は右側と同様な傾向を示した.立脚期における運動相の平均区間時間比率は右側術前のLRは8.2%,MSt69.6%,TSt12.1%,PSw10.1%,術後はLR21.8%,MSt60.1%,TSt10%,PSw8.1%と推移し,左側も同様な傾向を示した.また,LRにおける術前後での比較では左右共に有意差を認めた.【考察】 本研究結果より,術前と比較して術後LR時の区間時間が有意に延長していた要因として,主動作筋と拮抗筋の同時収縮により膝屈曲位での関節剛性を高め,関節不安定性に適応する必要がなくなったことが推察された.またこれにより膝伸展可動域が向上したと推察された.一方その他の各運動相の関節可動範囲は,術前後において著名な変化は認められなかった.術前時の関節構成機構の破綻は,TKA施行にて是正されたが,術後16病日での測定では疼痛が残存し,再建された関節機能を使いこなせるほどの運動再学習に至る時間として不足していたため,代償動作の改善までには至らなかったと推察された.また各測定値と術後回復の状況には個人差が大きく,入院期間の短じかい状況では十分な評価を実施することが困難であると推察された.これらから,股関節及び足関節を含めた歩行中の下肢全体に及ぼす影響を検討するには,動作時痛の減少を見ながら術後の経時的かつ継続的な測定を行う必要性が示唆された.【理学療法の意義】 TKA施行後における後療法模索目的にて歩行特性を解明していくことは重要であり,術後早期の歩容を把握することは有用と考える.また,本研究結果では歩容改善には至らず,今後の運動療法及び継続評価の必要性が示唆される内容となった.
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