抄録
【はじめに】 当院における人工膝関節置換術(以下TKA)施行数は,これまでに延べ約4500関節を数え,1984年からは両側同時TKAが施行されている.今後はTKAの一般的耐用年数の経過,ポリエチレンプレート摩耗,コンポーネント破損により再置換術施行件数の増加が予測される.しかし,再置換術における後療法実施報告で両側を対象としたものは少ない.今回,過用に起因した両側大腿骨コンポーネント破損を呈し,両側同時再置換術を施行した症例の後療法を経験した.当科TKAプロトコルを実施し,当院における両側同時TKA例と遜色ない結果を得たので報告する.【症例】 症例は75歳女性で身長156.8cm,体重75.8kg,BMI30.8,肥満2度であった.主訴は両膝関節周囲の痛みであり,HOPEは歩行時の疼痛消失であった.趣味は卓球とアクアビクスで各1時間程度を合計週4回実施していた.診断名は両側TKA後大腿骨側コンポーネント破損.現病歴は,平成12年に当院にて両変形性膝関節症に対し両側同時TKAを施行した. 平成20年に両膝痛出現にて,当院整形外科を受診し,平成23年に単純X線にて両側大腿骨コンポーネント破損を認め,両側同時人工膝関節再置換術施行となった.使用したコンポーネントは両側共に,ナカシマメディカル社FNK・PS型,セメント固定であった.なお,医師の術中所見では,軟部組織の癒着や靱帯の弛みは認められなかった.【説明と同意】 本発表を含む学術報告に関し主治医を通じ,書面で同意を得た.【経過】 術前評価の膝関節可動域は両側共に屈曲95°伸展0°,筋力は徒手筋力検査法(以下MMT)で上下肢,体幹とも4であった.基本動作やADLは疼痛自制内で自立しており,歩行は独歩にて可能であったが,本症例の希望により病棟内移動は車椅子にて行っていた.疼痛はNumerical Rating Scale(以下NRS)にて,荷重時と運動時で右5左6,腫脹・熱感は両膝全体に認められた.日整会OA膝治療成績判定基準(以下JOA)は両側ともに75点,Knee scoreは右52点 左61点,FTAは右179°左176°であった.理学療法は,当科TKAプロトコルに従い,術前ではオリエンテーション,移乗動作練習,セルフケア指導として大腿四頭筋セッティング,カフパンピング,膝屈筋群のストレッチを中心に行った.術後は翌日からアイシングや疼痛自制内でカフパンピングを行い,4日目から理学療法室にてリラクゼーションやストレッチングを中心に介入した.症例は術後疼痛の訴えが強く,後療法施行に難渋したため,術創部の治癒経過の説明を行い,投薬管理を医師に相談した.それ以外に,疼痛出現時にはRICE処置を行うよう病棟看護師と症例に喚起した.8病日目に歩行器歩行自立,13病日目にT字杖歩行自立,17病日目に階段昇降自立,19病日目に後療法継続を目的に転院となり,当院における両側同時TKA例の動作自立日数と遜色ない経過となった.退院時評価の膝関節可動域は両側共に屈曲120°伸展0°,MMTはいずれも4であった.NRSは歩行時に右5左6と変化はなかったが,腫脹や熱感の消失,生化学データによる炎症所見を示す数値は低下していた.JOAは両側で75点, Knee scoreは右73点 左76点であった.【考察】 治療に際し重要視したのは後療法の阻害因子となる疼痛・腫脹の早期消失であった.リラクゼーションやストレッチング,アイシングを徹底することで,末梢循環の改善による疼痛物質除去,筋の疼痛防御性収縮,関節原性筋抑制の緩和を図った.疼痛の自浄作用の賦活につながったことで,効率的な動作発現の基盤を作ることが可能になり,順調な経過を辿ったと考えられた.また,本症例が破損へと至った動作を詳細かつ具体的に示すことは困難であった.肥満による荷重ストレス増大,スポーツによる衝撃力の作用といった機械的負荷異常が破損の主因であると考えられたため,問診から得られる生活状況をもとに破損原因を検討し症例に説明することは,再発予防と活動における不安感の緩衝という点において有益であると考えた.【理学療法学研究としての意義】 今回,報告が少ない両側同時大腿骨コンポーネント破損症例の報告を行った.また,人工関節を長期使用するために,初回TKA時の段階で十分な患者教育と理学療法士による継続的なフォローアップの必要性が示唆された.