社会言語科学
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展望論文
制度的場をめぐる多言語社会研究に向けて
中野 隆基
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2016 年 19 巻 1 号 p. 21-37

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抄録

本稿は,ある「正しい言語」が話者に認識され使い分けられる状況を描写するのみでなく,その「正しい言語」が制度的・記号論的に生成する過程にも注視した多言語社会研究のアプローチを,言語人類学的観点から主張するものである.前半では,現在も人類学的研究が多言語状況・社会を位置づける理論的基盤とする,言語領域論やダイグロシア論,Gumperzの発話共同体論をレビューする.これらの研究はしばしば言語の複数性を自明視し,話者による「正しい言語」の概念化の過程を軽視しがちであった.そこで次に「言語政策の民族誌」のアプローチを参照し,「正しい言語」をめぐる政治・制度面への視点を補いつつ,言語政策の過程を複数の「層」に切り分ける一方で,「層」同士が相互作用するメカニズムが不明瞭な点など,その問題点を指摘する.後半では,以上の問題点を解決するため,微視的な発話出来事において巨視的な社会動態を創出する,話者の意識について論じた言語人類学の言語イデオロギー論を参照し,新たな多言語社会研究のアプローチを提示する.言語政策に影響を受けつつも,制度的局面における微視的な言語活動によって構成されていく多言語社会の分析を試みる本稿のアプローチは,「正しい言語」が生成する制度的場の記号論的メカニズムやそこに働く歴史的力を把握する,多言語社会研究の視座を提示するものである.

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© 2016 社会言語科学会
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