抄録
本稿は,メディアに溢れた現代の生がもたらす感性や心身のありように対し,鑑賞が果たすあらたな役割を明示することを目的とした。まずは,感性論やメディア論をもとに,日々のメディア経験固有の問題を分析し,視覚的言語的情報の日常的受容が感性や知性に与え得る影響,個人がユーザとしてプロファイル化され,注意や欲望の把捉によりコントロールされる状況,人気の動画や話題への注目の裏面で生じる他性に対する無感覚性などを論じた。問題の所在を集団的歴史を継承しつつ同時に他性へと開かれた個体化プロセスの阻害と捉え,結論として,個体化を支える場として,対話を用いた鑑賞が有効である理由を明らかにし,他者や他性へと開かれた美術メディアの特質を生かすための方法を鑑賞活動の素案と共に提起した。