抄録
本研究は,創造美育運動の歴史的役割の終期を明らかにしようとするものである。そのため,「創美論争」と創造美育協会会員名簿に関する研究成果をふまえ,運動の転換期である1950年代末を境に活動時期を二分し,それぞれの歴史的役割を明らかにした上で,その終期について検討した。その結果,前期の役割は,戦後の民主主義社会にふさわしい美術教育のあり方を戦後初期にいち早く提示したことにあり,1950年代末までにその役割を終えたこと,後期の役割は,創造美育の理論と運動が児童中心主義のシンボルとして官製教育改革に対するオルタナティブを提供したことにあり,その役割は,全国規模の啓蒙活動としての創造美育運動が実質的な終焉を迎えた1960年代末に終わったことを明らかにした。