抄録
本研究では昭和16(1941)年までに文部省および東京集画堂が発行した図画・手工に関する掛図や掛図目録を分析し,その特質を明らかにした。文部省が明治初期に発行した掛図《線及度図》,《面及体図》,《色図》は米国掛図である《School and Family Charts》を模して製作された。そのうち,《School and Family Charts10 Drawing》では図画を扱っているにもかかわらず,文部省は掛図として翻刻・発行しなかったことが判明した。昭和15(1940)年版の『東京集画堂出版目録』の分析から430枚という膨大な数の図画・手工掛図が発行されていたことが明らかとなった。大竹拙三による手工掛図も含まれ,掛図を使用することで一層の効果が得られると説いていた。当時の図画・手工教員は掛図を製作することが推奨されたが,実際には製作が困難な教員もいたため,東京集画堂を含む民間の印刷会社や出版社から発行された教科書・教師用書に沿った掛図が図画・手工の授業に不可欠なものであったと結論づけた。