主催: 公益社団法人 日本食品科学工学会
会議名: 日本食品科学工学会第71回大会
回次: 71
開催地: 名城大学
開催日: 2024/08/29 - 2024/08/31
p. 18-
【講演者の紹介】
氏名:篠原 信(しのはら まこと)
略歴:2000年京都大学博士(農学).同年4月富山県立大学生物工学研究センター助手.2001年独立行政法人農業技術研究機構(現・国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)研究員.現在,2021年より野菜花き研究部門・施設生産システム研究領域・施設野菜花き生育制御グループ・上級研究員.
水耕栽培(養液栽培)は生産性が高いことからトマトなど野菜栽培で主流となりつつある栽培技術である.施設内で実施するため気候条件に左右されにくく,安定した生産が可能である.しかしながら養液栽培では長らく有機質肥料を使用することができなかった.水中に生ゴミなどの有機物を加えると水が腐敗し,腐敗した水で植物を育てようとしても,根が傷み,成長しなくなったり枯死したりするためである.このため,養液栽培では無機成分だけで構成された化成肥料を使用するしかなかった.だが,化成肥料の製造には多大なエネルギーが必要で,化成肥料の主要な原料であるアンモニアを製造するだけで,世界のエネルギー消費の1~2%を占めるとされている.このため,農林水産省は「みどりの食料システム戦略」を策定し,化成肥料の使用を削減し,有機質肥料の利用を推進しようとしている.しかし上述したように養液栽培では有機質肥料を使用できないという技術的な課題があった.
篠原は2005年,水中でも土壌中と同じように有機物を無機養分に分解する微生物培養法(並行複式無機化法)を開発した.土壌中では,有機物は2段階の微生物分解(アンモニア化成,硝酸化成)を減るが,水中では通常,1段階目のアンモニア化成で分解が停止してしまう.2段階目の硝酸化成を担う微生物,硝化菌が,有機物の曝露を受けると不活性化してしまうためである.篠原は,有機物の添加濃度を低く抑えれば硝化菌へのダメージを軽減し,水中での硝酸化成が可能になるのではないかと仮説を立て,実験したところ,1 g/L以下の添加量であれば,有機物を水中に加えても硝化菌は不活性化せず,硝酸化成が進行することを見出した.
アンモニア化成を担う従属栄養細菌,硝酸化成を担う硝化菌を共培養した微生物群を養液栽培の養液に加えると,以後,有機質肥料を加えながら植物の栽培が可能であることが明らかとなった.本栽培技術は有機質肥料活用型養液栽培と呼ばれ,全国の養液栽培農家に普及しつつある.また,2022年に本栽培技術の特色JAS「プロバイオポニックス技術による養液栽培の農産物」が成立し,福島県飯舘村の生産者が第一号として認証されている.
本栽培技術を応用することで,土壌を人工創製することにも成功している.従来は,土壌以外に有機物を無機養分化する機能を付与することができなかったため,水中に有機物を加えると腐敗するのと同様に,非土壌の媒体に有機物を加えると腐敗し,植物を栽培することはできなかった.しかし並行複式無機化法で培養した微生物群を非土壌媒体に固定化すると,有機質肥料を加えながら栽培することが可能となる.さらに,本微生物群を固定化して製造した創製土壌は,青枯病や病原性フザリウムといった厄介な根部病害を抑える「病害抑止土壌」として機能することも明らかとなっている.
有機質肥料活用型養液栽培(プロバイオポニックス)は,養液栽培の特徴である高生産性・生産安定性を備えながら,有機質肥料を使用し,化成肥料の使用量を削減できる新たな技術として,この語の発展が期待される.