抄録
【目的】Activities of Daily Living(ADL)の自記式質問紙は、理学療法介入の効果指標として用いられる機会が多い。しかし、自記式質問紙は対象者の主観を評価するため、身体機能を反映する質問紙においては心理的要因が評価得点と客観的(生理学的)指標との関連を低くする交絡要因となり得る。心理的要因の中でも抑うつは交絡要因の最たる要因であるが、主観的評価とどのように関連するか具体的に検討されることはなかった。本研究の目的は、我々が開発したADL動作の困難感を評価する日常生活能力尺度(PMADL)の得点における抑うつの影響を明らかにすることである。
【方法】本研究の対象は、フィットネス検診に参加した地域在住高齢女性47名(72.2±6.0歳)である。認知症の検査としてMini Mental State Examinationを実施した。抑うつの評価にはHospital Anxiety and Depression Scaleの抑うつスケールを用い、8点以上の抑うつ(D)群と7点以下の正常(N)群に分けた。体力検査は、握力計測、膝伸展筋力計測、Modified Functional Reach Test、6分間歩行試験を実施した。PMADLはADL上の動作29項目における困難感を「1.とても楽」から「4.とてもつらい」の4段階に評価する自記式質問紙である。本研究では全質問項目に対する回答の平均点と、3つの強度別カテゴリーにおけるそれぞれの平均点を算出した。D群とN群のPMADL得点の比較において、体力の影響を排除するため、高体力層と低体力層に分ける層化を行った。層化の指標には、D群とN群の間で年齢や体力指標に有意差が認められなかった膝伸展筋力値を用いた。
【結果】全対象者のうち、D群と判定されたのは10名(74.6±5.7歳)であった。膝伸展筋力が中央値以上の高体力層はD群4名(73.3±3.3歳)、N群20名(69.3±4.2歳)であり、中央値未満の低体力層はD群6名(75.5±6.8歳)、N群17名(74.4±6.5歳)であった。PMADLの全質問項目に対する平均点を比較したところ、どちらの体力層においてもD群とN群の間に有意差はなかった。次に、PMADLを3つの強度別カテゴリーに分けて平均点を比較すると、高体力層においては中強度のカテゴリーで、低体力層においては中強度および低強度のカテゴリーでそれぞれD群が有意に高値を示した。
【考察】抑うつ者のPMADL得点は抑うつの無い者の得点よりも高かった。抑うつは活動性の低下から生じる体力低下を介して身体活動に対する困難感を高める可能性が指摘されてきた。しかしながら、本研究では体力の影響を排除しても抑うつ者のPMADL得点が高かったことより、ADL動作に関連する評価に際しては、抑うつ自体が主観的困難感を高める交絡要因であることが示された。