主催: 公益社団法人 日本食品科学工学会
会議名: 日本食品科学工学会第71回大会
回次: 71
開催地: 名城大学
開催日: 2024/08/29 - 2024/08/31
p. 20-
【講演者の紹介】
吉村 明浩(よしむら あきひろ) 岐阜県食品科学研究所 主任専門研究員
略歴:2001年岐阜県庁入庁,2004年岐阜大学大学院工学研究科物質工学専攻単位取得退学,同年博士(工学)取得,2008年岐阜県産業技術総合センター(酒造技術指導・研究業務を担当),2024年より現職.
研究分野:醸造用酵母,醸造技術.
著書など:「岐阜県清酒用酵母の開発」,美味技術学会誌,19(1),58-60,(2020)
岐阜県の酒造業界は、海外展開に明るい兆しがあるものの、製成数量は減少傾向にある。県内酒造場は打開に向けて、純米吟醸酒などの高級酒の充実や、輸出量の拡大を進めるため、地域資源(水・米・酵母)を活かした新製品開発に注力している。
酵母は清酒醸造において、アルコールと共に、呈味成分や香気成分を生産する役割を担う。当所では県オリジナルの清酒酵母「G酵母」を開発・育種し、県内酒造場に頒布してきた。酵母の作る果実様の吟醸香と呼ばれる香気成分は、「酢酸イソアミル」と「カプロン酸エチル」に代表される。G酵母はバナナ様の香気成分「酢酸イソアミル」をつくり、発酵力に優れ、特定名称酒の醸造に適している。しかし、近年はリンゴ様の「カプロン酸エチル」の香りが好まれていることから、県内酒造場からカプロン酸エチル高生産酵母の提供が強く要望され、「G2酵母」の開発を行った1)。
G2酵母の選抜は、(1) カプロン酸エチルを高生産する (2) G酵母と同等に発酵力が強い (3) 既存酵母とは異なる酒質が得られる、の3点を重視した。特に、親株のG酵母は市販の清酒酵母と比べて強い発酵力を有し、好評を得ていたことから、この特性の維持に配慮した。
始めに、G酵母にEMS処理を施し、セルレニン耐性を指標にカプロン酸エチル生産株を集積した。次に、G酵母ときょうかい酵母を対照に小規模試験醸造を繰り返し、発酵経過、カプロン酸エチル生成量や日本酒度等の成分を調べて3株に絞り込み、さらにG酵母に近い発酵力を示す1株「Ce18株」を選出した。この酵母で生成した酒は、カプロン酸エチル濃度が7.0 ppmで、G酵母生成酒と比べて3.5倍高い値を示した。日本酒度や酸度も、対照酵母の生成酒と違いが認められ、異なる酒質を得るという条件も満たした。さらに、総米10 kgの試験醸造により特性を確認したところ、カプロン酸エチルの生成量は再現性が得られ、アルコールや日本酒度も親株と同等であった。県内酒造場の技術者ら11名のパネルによる官能評価では、Ce18株はG酵母と比較して華やかさが評価され、目標とする特性が確認できた。
これらの情報を県内酒造場に提供し、3社に実証試験を依頼したところ、いずれもカプロン酸エチルを吟醸香の主体とする清酒が仕上がり、うち1社では日本酒度+18.3の超辛口で、8.7ppmのカプロン酸エチルを含む、酵母特性を活かした清酒を得ることができた。これらの結果を受け、本酵母を「G2酵母」として採用、平成30年度より頒布を開始し、現在までに県内33の事業者に利用されている。
G2酵母は、従来酵母とは異なる香りや味わいを作り出すなど、違いを生む酵母として、県産酒の高付加価値化に有用である。最近は、構造改革特別区域(どぶろく特区)の製造者に利用が広がっており、地域産業の活性化にも貢献している。さらに、選抜した最終候補3株のうち、別の1株は岐阜大学酵母と交配され、得られた酵母は岐阜大酒に採用されるなど、本研究は産学官の連携にも展開できた。
1) カプロン酸エチル高生産性G酵母の開発(第1報),岐阜県産業技術センター研究報告,第8号,48-50 (2014)