【目的】
海底熟成ワインは,瓶が貝殻やフジツボで覆われた神秘的な外観とロマン溢れる熟成ストーリーを売りとし,付加価値の高いワインとして国内外で製造されている.しかし,海底熟成による風味変化に関する科学的な知見はほとんど報告されていない.また,熟成メカニズムが不明であるため,海底熟成に適した酒の選定が困難である.本研究では,海底熟成によるワインの風味変化のエビデンス取得および,熟成の化学反応メカニズムの解明を目的とした.
【方法】
ワイン,およびエタノールと有機酸6種を混合したワインモデル溶液を,海底と地上に分けて保管した.海底熟成サンプルは静岡県南伊豆の熟成庫(水深12 m,水温18℃)にて,地上保管サンプルは冷蔵庫(18℃)にて6ヶ月間保管した.各サンプルはGC-MSと官能評価により解析した.
【結果】
ワインモデル溶液のGC-MS分析の結果,海底熟成サンプル,地上保管サンプルの間で有機酸とそのエチルエステル化体の濃度には差が見られなかったが,海底熟成サンプルには地上保管サンプルの20倍の化合物Xが含まれていることを発見した.化合物Xは酒のフルーティーな甘い香りに寄与することが報告されている.化合物Xは熟成期間とエタノール濃度に依存して増加したこと,中間体Yが海底サンプルのみから検出されたことから,エタノール→中間体Y→化合物Xの反応が海底熟成中に進行したと推定した.モデル溶液の官能評価では,パネリスト全員が海底サンプルと地上サンプルの香りを判別でき,その風味特性に化合物Xの甘い香りが寄与していることが示唆された.以上の結果より,海底熟成中に進行する化学反応を初めて提案した.本研究成果を基盤として,新たな食品加工技術としての“海底熟成法”の確立が期待される.