【講演者の紹介】矢澤良輔(やざわりょうすけ)略歴:2000年東東京水産大学水産学部卒, 2002年東京水産大学大学院水産学研究科資源育成学専攻 博士前期課程修了, 2005年東京水産大学大学院水産学研究科資源育成学専攻 博士後期課程修了, 水産学博士号取得.同年よりUniversity of Victoria, 2007年東京海洋大学にて博士研究員として勤務.2011年東京海洋大学海洋生物資源学部門助教, 2016年同准教授, 2025年より同教授.
海産養殖における育種は喫緊の課題であり, 高成長や耐病性を示す優良系統の育種が進みつつある.しかし, 養殖魚にとって最も重要な形質である“おいしさ”, つまり, 可食部の食味や化学成分といった, 侵襲的な評価が必要な形質を対象とした選抜育種の例はほとんどない.なぜなら, 可食部に対する評価には屠殺が伴い, 選抜個体から次世代の生産ができないためである.家系選抜では, 血縁関係や遺伝子情報を用いて優良個体を予測し選抜することで, 侵襲的な評価と次世代生産の両立が可能であるが, 大量の選抜母集団を長期間維持することや, 数千個体規模のジェノタイピング(DNA解析)が必要不可欠である.そのため, 我が国のように多様な魚種が養殖対象となる場合, 飼育施設の規模やコストが膨大となり, この手法を用いることは困難である.そこで本研究では, 代理親魚技法を用い, この問題を解決することを試みた.代理親魚技法は, ドナーの生殖細胞を宿主仔魚へ移植することで, これらの宿主にドナー由来配偶子を生産させる技術である.また, ドナーに用いる生殖細胞は凍結保存が可能であり, 解凍した生殖細胞を宿主へ移植することで凍結保存していた細胞に由来する精子および卵の生産が可能である.具体的には, 多数の親世代の個体の可食部を成分分析に供し, エリート個体を選抜する.その際, 可食部のサンプリングと同時に生殖細胞を凍結し, 選抜個体の凍結生殖細胞を代理親魚へと移植することで, エリート個体に由来する次世代を効率的に生産することが可能になる.そこで本研究では, 海産魚のモデルとしてニベ(Nibea mitsukurii)を用い, “おいしさ”の要素として, 脂ののり(粗脂肪含有量)を対象形質として本技術の有用性を検証した.天然由来ニベを粗脂肪含有量が低い飼料で6ヶ月間養成した.その後, 非繁殖期にオス個体31個体の精巣を緩慢凍結法により凍結保存したうえで, 各個体の粗脂肪含有量を解析した.その結果, 粗脂肪含有量の平均値は3.5%であり, そのうち粗脂肪含量の高い上位個体(粗脂肪含有量6.0%), および低い下位個体(粗脂肪含有量1.8%)を選抜個体とした.次に, 両個体の凍結精巣細胞をドナーとして, 宿主ニベ仔魚に生殖細胞移植を実施した.なお宿主には, dnd ヘテロKOニベ同士の交配により生産したdnd ホモKO(不妊)を含む集団を用いた. 6ヶ月齢時点で移植宿主の中からdnd ホモKO宿主のみを選抜し, 交配することで, 上位および下位個体に由来する次世代集団をそれぞれ得ることに成功した.これらの次世代集団を, 3ヶ月齢まで通常飼育した後, 粗脂肪含有量が低い飼料で2週間飼育した.試験開始前の平均体長および平均体重はそれぞれ, 10.4 cm, 12.0 gおよび10.7 cm, 10.5 gであり, 両集団間に有意な差は無かった.2週間の飼育試験後, 各個体の粗脂肪含量を解析した結果, 上位個体および下位個体に由来する次世代集団の平均値はそれぞれ, 4.26%±0.16, および, 2.98%±0.14であった.両者の差は1.42倍であり, 上位集団で有意に高かった.以上のように, 侵襲的な評価により選抜されたエリート個体に由来する次世代生産を生殖細胞移植により実現し, 選抜の効果を得ることに成功した.今後, この技術を用いることで, 様々な形質に応用可能であることが期待される.