日本食品科学工学会大会講演要旨集
Online ISSN : 2759-3843
第72回 (2025)
会議情報

シンポジウムA2: おいしい魚をつくる!
魚の浸透圧調節機構を利用した「味上げ」技術
*金子 豊二
著者情報
会議録・要旨集 オープンアクセス

p. 12-

詳細
抄録

【講演者の紹介】金子豊二(かねことよじ)略歴:1981 東京大学農学部卒,1986 東京大学大学院農学研究科博士課程修了,同年カナダ・アルバータ大学博士研究員,1989 東京大学海洋研究所助手,1997 同助教授,2003 東京大学大学院農学生命科学研究科助教授,2007 同教授,2022 東京大学名誉教授

魚の浸透圧調節は,鰓,腎臓,腸といった浸透圧調節器官の調和によって成り立つが,中でも鰓の塩類細胞は各種塩類の取り込みや排出の場として重要な役割を果たしている.真骨魚の血液塩分濃度は0.8~1.0%で,海水の1/4~1/3に相当する.淡水魚は0.8%程度,海水魚は1.0%程度と,海水魚のほうがやや高い値を示す.海水魚は血液よりも濃い塩分環境に生息しており,塩分が体内に浸入することで血液塩分濃度が上昇する傾向にある.しかし,鰓の塩類細胞の働きによって,過剰な塩類は体外に排出され,塩分濃度の過度な上昇を防いでいる.この塩類の排出は濃度勾配に逆らった能動輸送で行われ,エネルギーの消費を伴う.そのため,海水魚を海水よりも薄い塩分濃度の環境水で飼育すると,体内に流入する塩類が減少し,塩類排出に必要なエネルギーを節約することが可能となる.実際に海水より薄い塩分濃度で魚を飼育すると,浸透圧調節に費やされるエネルギーが削減されるため,海水で飼育する場合よりも成長が良好である.すなわち,海水魚は浸透圧調節の観点からすると,海水よりも希釈海水を好むのである.この発見により,希釈海水を用いた海水魚の陸上養殖の優位性が認識されるようになった.また,水温が安定し清浄な地下海水の有用性も指摘されているが,地下海水は淡水の混入により希釈されている場合が多い.これまで塩分濃度が低いことは地下海水のデメリットとされてきたが,実際には陸上養殖に適していることが分かってきた.一方で,低塩分海水で飼育した魚は味が劣るとの指摘がある.これは低塩分飼育した魚の血液浸透圧(塩分濃度)が通常海水で飼育した魚よりも僅かながら低いことに由来する.血液の浸透圧と細胞内液の浸透圧は一致しているが,両者で浸透圧を生じる物質は大きく異なる.浸透圧は溶質の種類に関係なく,溶質の濃度の総和で決まる.血液の浸透圧は主に塩類に由来するが,細胞内液の浸透圧には塩類ではなくアミノ酸等の低分子有機物が関与する.したがって,低塩分飼育した魚は筋肉細胞内のアミノ酸濃度が通常海水で飼育した魚よりも低くなり,その結果,味が劣ると考えられる.この問題への対処法として開発された技術が「味上げ」である.低塩分飼育した魚を出荷直前に高塩分水(海水)に晒すと,血液浸透圧が一過的に上昇し,その後低下して安定する.その際,筋肉中のアミノ酸濃度も血液浸透圧と同期して変化する.血液浸透圧がピークを迎えるタイミングで魚を〆ることで,筋肉中のアミノ酸濃度が通常海水飼育魚よりも高くなることが確認されている.筋肉のアミノ酸濃度は,低塩分飼育魚,海水飼育魚,低塩分飼育・高塩分曝露魚の順で高くなることが明らかとなった.出荷直前に高塩分水に晒して魚の味を改善する技術,それが「味上げ」である.「味上げ」は陸上養殖との相性が良く,特に低塩分の地下海水を利用した陸上養殖ではデメリットを補い,さらに味を向上させるという大きな利点を持つ.この技術は養殖魚の差別化やブランド化戦略にも有用であり,今後の養殖業界における重要な手法となる可能性を秘めている.

著者関連情報
© 2025 公益社団法人 日本食品科学工学会

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc-sa/4.0/deed.ja
前の記事 次の記事
feedback
Top