【講演者の紹介】
飯島 陽子(いいじま ようこ) : 工学院大学先進工学部応用化学科教授
略歴:1999年お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士課程修了(博士(学術)),1999年4月よりお茶の水女子大学大学院助手,2001年1月よりアメリカ・ミシガン大学分子細胞発生生物学部博士研究員,2005年4月より公益財団法人かずさDNA研究所研究員,2010年4月より神奈川工科大学応用バイオ科学部栄養生命科学科准教授,教授を経て2021年4月より工学院大学先進工学部応用化学科教授(現在に至る)
食品のもつ香りは,そのおいしさや嗜好性に最も関与する要素であり,香りの質は揮発性成分群の組成に基づく.近年,国の内外を問わず,食品の香りの質を機器分析,官能評価,嗅覚受容体発現パターンなどの異種データの紐づけによって解明しようとする研究アプローチ(フレーバーオミクス)が増えている.しかし食品の香りは,異なる特徴的な香気特性を持つ様々な成分群のミクスチャーからなり,さらに各香気成分の匂い閾値が異なるため,食品の機器分析データと官能との関係を明らかにするのは未だ難しい課題である.
我々も以前の研究で,多サンプルの香りの異なるトマトジュースを用いて香気組成と官能評価データを同時取得解析し,それらの相関性を調べた(Iijima et al., Biosci.Biotech.Biochem., 80, 2401-2411, 2016).両者のデータパターンは類似していたため,官能評価用語と香気成分の関連性を期待したが,ある一定の情報は得られたものの,官能評価用語に寄与する成分として挙がってきた候補の中には,閾値や質を考慮すると疑わしい成分もあった.この際,データ取得のハイスループット性,再現性を重視し,HS-SPME(ヘッドスペースガス-固相マイクロ抽出)法を用いて香気抽出を行っていたが,得られた抽出物について,そもそも食品本来の香気が再現されていない,検出されない成分もあることが問題であり,フレーバーオミクスに耐えうる機器分析データは,その香気抽出物が「食品本来の香気特性を再現できているのか?」が最も重要であると考えた.
食品本来の香気をよく再現するとして定評が高い香気抽出法として,有機溶媒抽出後SAFE(溶媒支援フレーバー蒸留)により分画して香気抽出物を得る手法が知られている(Engel et al., Eur. Food Res. Technol., 209, 237-241.1999, ここではLE-SAFEと呼ぶ).しかし,本手法はSAFE装置が特殊,高価であり,サンプルによっては溶媒抽出の際にエマルジョンが生じて前処理が必要であるなど,スループット性が低いという問題点がある.そこで我々は固相抽出素材として知られるFlex-Twister®(ゲステル社)を用いたSA-SBSE-RE(溶媒支援スターバー-溶媒逆抽出)法を取り入れた.サンプルには風味が多様で香気組成も複雑である醤油やみりん,味噌などの和風発酵調味料を対象にした.これらのサンプルは糖や脂質,メラノイジンなど不揮発性マトリクスを多く含み,LE-SAFE法でさえも前処理が難儀な食品サンプルであることが知られている.これらのサンプルに対してSA-SBSE-RE法で香気抽出液を得て官能評価を行ったところ,SAFE抽出液同等の香気特性を示していた(Iijima et al., J.Biosci.Bioeng., 137, 372-380, 2024).また,HS-SPME法,LE-SAFE法,SA-SBSE-RE法で得た香気抽出物をGC-MSで分析,比較したところ,SA-SBSE-RE法でもSAFE法による抽出物と同等の成分ピークが検出されることが分かった.サンプル量は,醤油で1ml,みりんで5ml,味噌で1gから抽出可能であった.また,これらの成分の中にはHS-SPME法では検出できなかった成分もあった.本抽出法がスループット性,データ再現性にも優れ,フレーバーオミクスのための香気分析に適していると判断し,現在研究を進めている.