抄録
糖尿病性下肢壊疽・潰瘍は今なお難治性疾患であり、種々の治療法に抵抗性である。糖尿病性下肢壊疽の原因は微小血管障害とそれに伴う組織還流障害、そして血管新生能の低下が示唆されているものの、その詳細な分子メカニズムは不明である。 糖尿病はこのように微小循環障害を伴う一方で、糖尿病性網膜症など過剰な血管新生が病態を増悪させるという、一見矛盾した疾患である。従ってこの矛盾を整合性を持って説明できる概念を確立し、その分子機構を明らかにすることが非常に重要であることは論を待たない。 我々はこれまで、全く新しい遺伝子導入ベクター(組換えセンダイウイルスベクター:SeV)による各種血管新生因子の生体内過剰発現系により、それぞれの血管新生因子に依存した新生血管には機能的・形態的に相違があること、組織還流能を持つ血管新生には塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF/FGF-2)の過剰発現が最も安かつ有効であり、欧米で治療遺伝子として使用されている血管内皮細胞増殖因子(VEGF)は未熟な血管を誘導することを明らかにして来た。さらにFGF-2の機能性血管誘導機構として、VEGFを含めた内因性血管新生因子群の各時相における多段階的発現誘導が重要であることを明らかとし、「機能的血管新生における階層的血管新生因子発現誘導機構」の存在を提唱し、それに関与する諸因子の解析を進めている。またこの概念を中心に据えた「統合的血管新生療法」の有用性を提唱、現在SeVとFGF-2による重症虚血肢への血管新生遺伝子治療に関する臨床研究計画が、厚生科学審議会審議の最終段階に来ている。 以上のコンセプトのもと、我々はストレプトゾトシン誘発糖尿病モデルマウス(STZ-DM)において、重症下肢虚血を誘導し、糖尿病状態における血管新生能の検討を行った。この過程で、我々はSTZ-DMマウス下肢が虚血に対し耐性が極めて低下しているにも関わらず、各種血管新生因子のベースラインでの発現、虚血に伴う反応、そしてFGF-2に対する反応は正常に保たれていることを明らかにした。スクリーニングによる結果、ベースライン並びに虚血誘導後に発現が低下している因子として血小板由来増殖因子(PDGF-B)を同定、STZ-DMマウス内転筋内の毛細血管には低頻度ながら周皮細胞の脱落を認めることを証明した。さらにはSTZ-DMマウスにヒトPDGF-B遺伝子を導入すると虚血耐性が回復すること、同マウスのPDGF-B発現を回復させるシグナルとしてPKCを同定した。PKC阻害剤はPDGF-B発現を回復させると共にSTZ-DMマウスの虚血耐性も回復させた。 以上から、糖尿病状態では血管新生反応が障害されているのではなく、毛細血管の構造的異常及び血管性熟過程の異常が原因であり、その中心的分子としてPKC/PDGF-Bが関与することが明らかになった。