東アジアへの視点
Online ISSN : 1348-091X
【投稿論文】中国蘇州庭園住宅の機能変化と保全課題
孫 剣氷
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2013 年 24 巻 3 号 p. 49-58

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抄録

 中国の現存する古庭園は主に明清時代のものである。それらの庭園は皇帝に直属する大規模の皇室庭園と官僚や富豪らの私邸庭園の2 つの類型に大別できる。私邸庭園は江南地域に集中しており、なかでも重点は蘇州にある。新中国の成立以後に蘇州の私邸庭園は次々と文化財として指定され,重点的修復整備と日常的維持が行われてきた。しかし,文化財として指定されたにも関わらず,文化大革命の変動や1980年代から始まった都市開発が,庭園の破壊を招いた。現在,中国では経済成長が進んでおり,これらの庭園の保全に関しては,世界文化遺産の登録 にともなう過度の観光開発,庭園の保存と生活環境の改善の対立など,様々な問題に直面している。その一方で,今日,世界遺産の分野やランドスケープ遺産の分野で新たな価値観や取組みがみられる。その中で,私邸庭園の保全の在り方について新たな可能性が開かれ,それに関する議論の展開が期待されている。 1950年代に,建築史の分野で進められた蘇州の私邸庭園に関する研究は「中国営造学社」以来の方法論を引き継いでおり,民族主義の観点から庭園芸術の伝統を強調し,「文物」(文化財)としての保存と一般開放の方針を訴えていた(劉,1982)。1980年代以後は,学者による庭園研究が大きく進展した。これらの研究では庭園保全の課題について論じられていなかったが,陳従周の短文の中では,観光開発によって庭園本来の文化的境地が失われていたことを批判する記述がみられ,物質に重点をおいた文化財としての保存のあり方について問題提起がなされていた(陳,2005)。1990年代の末に蘇州の私邸庭園が世界文化遺産に登録され,それを契機に庭園保全の意義として,庭園価値に関して再認識する動きがあった。世界遺産の価値評価基準に対応して庭園の芸術的価値だけでなく,文化的価値なども含めて,より総合的な再評価が試みられている。特にいままで私邸庭園は単独で扱われてきたが,住居の一部としての位置づけが明確になされるようになり,都市計画との関連から庭園の保全に関して,問題提起がなされるようになった。  蘇州の住宅については,水路から離れて庭園などを有した住宅と,水路と街路沿いの一般民家に特色があるといわれている(鈴木,1992)。私邸庭園を有する蘇州の住宅は「蘇州古典園林」として中国の人々に知られている。「園林」という名称は中国では庭園の意味とよく混用されているため,本論ではこのような庭園を有した住宅に「庭園住宅」という名称を用いることにした。  本論文では清時代の末までに蘇州環濠内部の旧市街に建てられた庭園住宅を研究対象としている。蘇州の庭園住宅のほとんどは明・清時代に新築あるいは改築されたものである。しかし,近代以降,それらの多くが破壊されただけでなく,その利用形態も大きく変わってきた。そこで庭園住宅の変貌や保全の現状を把握することによって,保全の問題点を明らかにし,それらの問題を解決する方向性を探る。研究手法としては,まず①資料収集と現地調査によって,近代以来の庭園住宅の利用状況を把握する。②現状把握したうえで,観光利用,内部利用,および住宅としての利用形態にともなう庭園住宅保全の問題を明らかにする。③これらの問題に対して,文化財保全制度の下で,庭園住宅の保全の限界を考察し,都市の生活の中で,庭園住宅に新たな機能を付け加え,地区レベルでの利活用の課題を洗い出す。

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© 2013 公益財団法人 アジア成長研究所
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