抄録
本稿は、2008年にERTC(所長:アブデルハミード・アブデラティーフ)によりニーズ対応型地域研究推進事業「アジアのなかの中東」の一環として2008年に実施されたアンケート調査にもとづき、エジプト国民の政治志向を明らかにする。本調査は、18歳以上のエジプト国民を対象とした全国規模の調査であり、上記研究プロジェクトのスタッフとERTCのメンバーにより実施された。本稿の目的は、次の二つである。第1は、エジプト国民の政治的方向性と政治参加を方向付ける諸要素を明らかにすることである。諸要素には、海外への移動経験、移動に関する情報源、疎外の度合い、社会資本と市民参加、ローカル・地域・グローバルの諸レベルにおける政治的な関心、そして将来の展望などが含まれる。第2は、重回帰分析を行うことによって、エジプト国民の政治参加を左右する諸要因を明らかにすることである。諸要因の指標としては、学歴、所得、年齢、政治関心度、そして市民参加などが用いられる。分析の結果、政治参加――具体的には投票行動――は、政治への関心度、海外への移動経験、衛星テレビをみる度合いと高い相関があり、また女性よりも男性で農村居住者において度合いが高くなる傾向があることが明らかになった。しかし、我々の予想に反して、社会階層、学歴、将来の展望は投票行動に影響を及ぼしていない。高い社会階層の者ないし高学歴者は、政治への関心を強くもち、政策決定への市民参加の重要性を認識していながら、選挙には参加しないのである。このような現象の背景要因について明らかにすることは今後の課題である。現時点で言えることは、人権などのより広範な思想的な潮流はエジプト国民の政治参加を促す要素にはなっていないことである。エジプト国民は、政治に関心をもち、人権擁護に賛同し、汚職を問題視する。しかし、現在のエジプトの政治状況では、それを政治行動に移すことができないのである。