抄録
植民地政府は、山地住民が過剰利用を自己規制しながら育成してきた共同体林も含め、ほとんどの森林を国有化し、科学的営林という名の商業的営林を展開しようとした。そのために採られた森林·牧地の用益権の規制政策は、牧畜民を含めた住民生活に大きな困難をもたらした。住民は請願や規制の無視などで抵抗したが、やがて他地域への逃散や、森林放火などの激しい闘争へと発展した。一方で、国有林での人工更新事業は、生態系を考慮しない商業主義のために、多くが失敗を重ねた。これらの森林·牧蓄政策は、森林の利用者と、過剰利用の規制者と、ケアー者を完全に分断するものであり、生態資源の利用文化を破壊するものであったために、成功をおさめられなかった。