日本地理学会発表要旨集
2003年度日本地理学会秋季学術大会
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規制緩和にともなう路線バス事業の変容
*今井 理雄
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p. 100

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抄録

 日本の路線バス事業は2002年2月1日,改正道路運送法施行によって,タクシー事業とともに規制緩和がなされた.運輸業においてともに規制緩和が実施されている航空,鉄道,貸切バスといった事業分野に比べ,路線バスは日常生活に密着した,最も市民レベルの公共交通機関である.すなわち路線バスとは「最終的公共交通手段」であり,異種の公共交通機関による代替が難しい.一方,とくに地方都市や過疎地では,路線バスは自家用車による代替性が極めて高い.つまり,自家用車利用が効率的であり,その結果,路線バスの事業環境の悪化は著しい.したがって規制緩和が生活交通としての地域路線バスに与える影響は非常に大きく,その影響は利点よりもむしろ欠点のほうが大きいと思われる. これまで地理学においては,交通地理や都市地理などを中心に,バス交通が地域社会を表わすひとつの指標として用いられてきた.しかし,高度経済成長期以降の長期的な利用者の減少と事業の衰退のなかで,路線バスがその役割を担うことはもはや困難と化している.一方で地理学におけるバス交通の研究は,それが公共交通機関のなかで最も地域に密着しているにもかかわらず,そのダイナミックな変化に対応できていないと思われる.とくに今般の規制緩和は,日本における路線バス維持政策の大転換であり,それによる影響は未知数である.また地域交通政策では地域の実情に見合った,より具体的な分析が求められており,地理学はこのような要求に十分応え得るものと考える.そのためには,規制緩和の本質と現段階までの影響を整理・考察する必要性が生じる.本研究では,規制緩和が路線バス事業に与えた影響を整理し,それに対する地域の対応を検討する. 一連の事業環境の変化にともなって,経営改善に向けた,バス事業者の分社化や設立といった動きも著しい.規制緩和の実施からおよそ1年余りですでに,大都市近郊のベッドタウンや高速バス路線を中心に,新規事業者が路線バス事業に参入している.一方で過疎地を中心とした不採算路線では,既存バス事業者すなわち4条事業者による路線の廃止が進んでいる.そのなかでもとくに,沖縄県など一部を除き,全国に路線網を有するJRバス各社の一般路線バスの事例が特徴的である.それらは主に,営業所単位のまとまった路線ごとに廃止を実施し,市町村規模あるいはさらに広い範囲での対策課題となっている. ただし規制緩和の実施以降,これを契機とする急激な路線の廃止があったとは思われない.むしろ,全国的には既存事業者間の連携による新規事業者への対抗策がとられ,過疎地では地域自治体による委託運行が進んでいる.すなわち,事業者の意思による事業からの自由な撤退が可能になったことで,採算地域と非採算地域とのあいだで,サービスの供給格差の広がることが懸念される.ナショナルミニマムとしての公共交通提供のために維持されてきた路線バス政策が転換されたことで,同様のサービスを享受するために,過疎地をはじめとする非採算地域では相応の負担が必要となる.その困難には,中央から地方への財源なき権限移譲の一端があることをふまえなければならない. またかつてJRバス各社は,特殊会社ゆえに自治体からの財政的支援を受けることができなくなっており,これが地域ローカルバスから撤退させた一因であると考えることもできる.JRという事業者の性格が大きく影響した可能性も否定できない.

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