抄録
西南日本外帯南部の中で最も隆起速度が速い四国南東部の室戸岬近辺には,海棲付着生物の石灰質殻よりなる石灰岩が海抜0_から_9m前後にわたって多量に岩礁に付着している.石灰岩の主構成物はカンザシゴカイの棲管,石灰藻,コケムシ,軟体動物,サンゴである.これらの石灰岩は放射性炭素年代測定が可能であること,石灰岩を構成する生物の鉛直分布を現生種の帯状分布パターンと比較することによって過去のある時点における相対的海水準を決定できることという2つの利点があるため,旧海水準の時間的変化を解明する道具として利用できる.これによって,単一の生物化石を用いた場合よりも,はるかに信頼性の高い海水準変化を求めることができる.このようにして石灰岩から相対的海水準変化を読み取ることができれば,本地域の詳細な地殻変動史が復元される.本研究でもっとも重要な作業の一つは,現生種のローカルな鉛直方向の帯状分布を明らかにすることである.しかし,室戸岬は太平洋に突出し,孤立した形状であることから,常に遠方からのうねり波の攻撃を受ける高エネルギー性海岸であり,沿岸浅海域での現生種の潜水調査には大きな危険を伴う.そこで本研究では,14C年代がほぼ同時代を示す,もしくは同時代と推定される隆起石灰岩ごとに,それらを構成している付着生物の量をポイントカウンティングで決定し,その結果を従来の現生生物の帯状分布データと比較した.このとき,石灰岩の組成の鉛直変化を正確に把握するため,できるだけ多くの隆起石灰岩から試料を採取し,平均的組成を求めるようにした.その結果,以下のような新たな知見が得られた.1.石灰岩の主な構成要素は,フジツボ,貝形虫,軟体動物,カンザシゴカイの棲管,ウニの棘,被覆性コケムシ,サンゴ,被覆性底生有孔虫,底生有孔虫,サンゴモ,イワノカワ,セメント,非石灰質砕屑物であった.2. 完新世石灰岩中には陸域セメントは認められない.これは,本地域の石灰岩は小規模で多孔質であるため,陸水が岩体中に滞留することがなかったことに起因すると推定される.3. ポイントカウンティングの結果から,石灰岩を6つの岩型に区分した.それらは,サンゴとサンゴモが卓越する石灰岩(タイプI),サンゴモが卓越する石灰岩(タイプII),サンゴモとカンザシゴカイとフジツボが卓越する石灰岩(タイプIII),サンゴモとカンザシゴカイが卓越する石灰岩(タイプIV),被覆性コケムシと被覆性底生有孔虫が卓越する石灰岩(タイプV),軟体動物(カキ)が卓越する石灰岩(タイプVI)である.4. エボシ岩付近の岩型の垂直方向の分布は,下から順に,タイプIの石灰岩,タイプIIの石灰岩, タイプIII, もしくはタイプIVの石灰岩の順で分布している.この石灰岩の垂直分布は古水深指標として利用可能である(タイプIの上限が,古平均低潮位に一致する). 今後は石灰岩の内部構造に上記の帯状分布(6つの岩型)を適用し,相対的海水準変動を復元する予定である.