抄録
1 ヨーロッパにおける余暇空間の拡大とツーリズムの普及 現在、西ヨーロッパの観光は、18世紀のイギリスに誕生したグランドツアーの影響を受け継いできたツーリズム(観光・保養)から、二度の石油危機によって豪華リゾート施設への滞在客の激減を経験した結果、より大衆的で自然への回帰を意識したマス・ツーリズムに変化してきている。 イベリアにおけるツーリズムが、一般大衆化したのは、市民層が経済力を持ち、余暇行動をとることが可能になった第二次世界大戦後に、富裕な階層の開発した保養地に進出するようになってからである。余暇行動の大衆化は、イベリアの各地に余暇産業に従事する人々を創出し、観光地を形成したが、本格的な観光産業の成立は、スペイン・ポルトガルがECに加盟(1986年)し、ヨーロッパの発展途上国から脱却するために、EC諸国の援助で経済的発展が顕在化した1990年代以降である。 EU統合は、イベリアの中でもポルトガルに多大な経済効果を及ぼした。越境の自由化による夏季長期滞在客の増加により、コスタデルソルを中心にリゾート開発が行われた。自然回帰の市民意識の高まりに押され、先行したフランスの地中海沿岸の大規模リゾート開発とは異なり、自然環境を活かした開発が積極的に行われている。2 イベリア観光のおけるマデイラ島の位置付け 大西洋上のマデイラ島(ポルトガル)は、ポルトガルの首都リスボン南西約1,000kmに浮かぶ728km2の火山島である。変化に富む自然を売り物にする観光、ぶどう・バナナを中心とする農業、マデイラワインに代表されるワイン醸造が主産業の大航海時代の様相を色濃く残す孤立島である。1999年には、氷河期以前の姿を残す標高600から1300mの山岳地帯に広がる月桂樹林が世界遺産(自然遺産)に登録され、世界最大規模の月桂樹林と固有の動植物の存在は、マデイラ島の存在を世界的に示すこととなった。 マデイラ島は、特別に自治を認められたフンシャル自治県であり、さまざまな行政が自主的に行われている。マデイラ島のリゾート開発は、イベリアの多くの都市が、市内の残存する歴史的な文化財、田園的な環境、夏の保養に適した海岸などを活用し、後発リゾート開発を滞在費の安さでカバーしてきたのとは異なり、年間を通じての温暖な気候と人の手の入らない太古の自然を前面に打出し、急峻な海食崖の続く海岸線に高級リゾートホテル(4星以上:島内ホテルの47.3%)を群立させた長期保養型のリゾート地づくりを目指している。マデイラ島への訪問は、航空機によるものがほとんどであり、ロンドン・リスボン・フランクフルト・パリからの観光客が4分の3を占めている。3 ツーリストの観光意識調査 ツーリストアンケート(直接回答方式)を2002年8月2から5日に、県都フンシャルで実施した。有効回答は511。回答者の多くは20から50代の夫婦・家族・恋人たちが中心で、イギリス(32.7%)・ポルトガル(20.4%)・ドイツ(16.0%)・フランス(7.0%)からの保養(55.4%)と観光(29.4%)が目的のツーリストであった。かつて、ヨーロッパのハネムーン地として賑わっていたことが影響していると思われる。ツーリストのマデイラ島評価(図1)は、世界遺産をはじめとする自然・風景が高く、イベリアでは失われつつある懐かしい町並みやホテル・レストランなどの都市的要素の評価も高かった。再訪意思は90%以上であり、マデイラ島がリゾート地としての知名度と評価を得ていることがわかった。
