抄録
1.背景と研究目的時間地理学的なフレームワークを取り入れた近接性概念である時空間近接性概念は、個人の時空間利用制約を考慮した潜在的機会の量であり、GISによる膨大な移動日誌の解析によって算出することができる。しかしながら、移動日誌調査は記入者の負担やプライバシーの問題があり大規模に行いにくいため、これまで日本では、近接性計測を目的とした研究はあまり行われてこなかった。本研究は、時空間近接性を議論する前段階として、移動日誌調査を行い、これに基づく時空間制約の実態を分析することを目的とする。とりわけ、性別、世帯属性による時空間制約の量について属性間の差異を検証する。以下では、東京大都市圏における常勤女性就業者世帯を対象とした調査の結果を報告したい。2.調査の概要 2003年1月、東京大都市圏に生活する常勤の女性就業者世帯を対象とした移動日誌調査を実施した。そのさいに、常勤女性就業者を新宿区東京都庁に勤務する公務員に限定した。これは、女性の就業地と就業条件を同一条件とし、複雑なパターンを見せるであろう時空間制約を評価しやすくするためである。 調査の内容は、_丸1_世帯の居住地、家族構成など世帯属性に関する質問、_丸2_年齢、通勤時間、就業地、仕事や家事など義務的活動の時間量など個人属性とその制約に関する質問 _丸3_平日の1日分の移動日誌調査の3つである。これを、女性就業者が既婚の場合には本人と夫、親と同居する独身の場合には本人と母親、単身の場合には本人のみに回答してもらった。以上から、女性就業者とその家族の仕事や家庭責任の程度が比較可能となる。なお、調査は都立大学・都庁交換便による郵送法で行い、1世帯あたり2000円の謝礼金をつけて実施した(平成14年度東京都立大学理学研究科長研究費を使用した)。その結果、71世帯、108人分の回答を得られた(応募率9%、回収率80%)。3 調査結果1) サンプルの世帯構成と年齢:世帯構成は、既婚共稼ぎ27世帯(夫婦のみ世帯8、夫婦と子の世帯17、親同居の夫婦と子の世帯2)、単身独身世帯18、親と同居する独身者16世帯、であり、独身の割合がやや高い。また、年齢層でみると、30代が最多で49%を占め、20代、40代、50代はそれぞれ15%であった。2)女性就業者世帯の居住地:単身の女性は、職場付近の都区部、親と同居する独身女性は、八王子や多摩、埼玉等郊外に居住している。また、既婚世帯では、夫婦のみの世帯では区部と郊外が半々、夫婦と子の世帯では、その1/3が区部に居住する。うち未就学の子を抱える世帯は8世帯で、区部・郊外、子どもが就学した世帯は、ほぼ郊外へ居住している。共稼ぎの場合、都心への通勤利便性よりも子育て環境を重視しているとみられる。3)夫と妻の就業地・通勤時間:妻が新宿に勤務する夫の勤務地は、都区部がおよそ8割を占める。また、女性と男性の通勤時間を比較すると、1時間以内は男性が45%、女性36%であるのに対し、1時間半以上では女性が40%と男性よりも卓越する。一般的に女性の通勤時間は男性よりも短いと指摘されているが、常勤女性の通勤時間は、郊外の親元からの通勤の影響か、男性並かそれ以上といえそうだ。4)性別・職業による家事時間:性別による平均家事時間をみると、女性が2時間半であるのに対し、男性は1時間であった。そのうち、常勤職が1時間40_から_50分とほぼ同程度である一方、専業主婦は7時間となった。また、親と同居する独身者の家事時間は、50分と既婚男性よりも短い。また、既婚女性に比べれば短いにしても男性も家事を分担していることが分かる。4.まとめと課題通勤時間や家事時間の比較から、勤務地の同じ女性就業者間にも、その属性により制約に差が生じていることが明らかとなった。家事も含めた義務的活動を行う場所や時間は、個人の時空間プリズムを決定する重大な要素となる。居住地の場所や家庭責任が時空間プリズムにどう影響しているのか、また時空間プリズムと自由目的トリップの発生数や場所との関連については、発表時に評価したい。