日本地理学会発表要旨集
2003年度日本地理学会春季学術大会
会議情報

開析谷充填システムと海水準変動速度との関係
*堀 和明斎藤 文紀
著者情報
会議録・要旨集 フリー

p. 000007

詳細
抄録

 近年,沖積平野を構成する堆積物中に多数の放射性炭素年代測定値を入れ,地層形成過程を1000年オーダーで議論する研究が盛んにおこなわれている(Saito, 1995;増田,1998など).これにより,ボーリング地点の堆積速度変化や堆積速度と堆積環境との関係,さらには堆積速度(曲線)と海水準変動の比較により古標高・古水深の変化を詳細に検討することが可能になった.本研究では,最終氷期の海水準低下にともなう河川の下刻作用によって形成された開析谷を充填する堆積物に着目し,堆積相,堆積曲線,海水準変動との関係から,堆積システムの発達を考察する. 開析谷充填堆積システムにおいて,詳細な年代値が得られている長江のCM97とHQ98(Hori et al.,2001)および紅河のND-1(Tanabe et al.,2003)コア堆積物の深度ム年代値をプロットした(図1).さらに,海水準変動の指標として,ヒュオン半島のサンゴ礁から得られた深度ム年代値(Ota and Chappell, 1999)を用いた.年代値には暦年補正を施してある. 堆積相,堆積曲線,海水準変動との関係から,以下のことが読みとれる.(1) どの曲線も約12 cal kyr BP以降,速→遅→速といった堆積速度変化を示す.(2) 11-9 cal kyr BPにかけての堆積速度は,海水準上昇速度(約15m/ka)より小さいながらも非常に大きい.堆積物は開析谷を埋積するエスチュアリー堆積物で特徴づけられ,上部に向かってより海側の堆積環境になる.含まれる貝殻片は汽水性で炭素同位対比(δ13C)も小さい.(3) どの地点においても9-8cal kyr BP頃に堆積速度が急減し,堆積物も泥質なプロデルタ(内湾底)堆積物となり,貝殻片の炭素同位対比は高くなる.この時期に海水準上昇速度はそれ以前の約1/2に大きく低下し,海水準は7 cal kyr BP頃にほぼ現海水準に達する.(4) 再び堆積速度が増加する時期は場所により異なる.堆積物は上方粗粒化を示すデルタフロント堆積物からなり,貝殻片の炭素同位対比は再び小さくなる. 堆積システムに影響を与える諸条件,すなわち流域の気候,土砂輸送量,流量,開析谷地形の形態,河床勾配,は長江と紅河で大きく異なる.それにもかかわらず,両者ともに9-8 cal kyr BP頃に堆積システムが劇的に変化している.これは同時期に起こった海水準上昇速度の低下によって引き起こされた可能性が高い.現時点で,堆積システムの変化を生じさせるメカニズムとして考えられるのは,海水準上昇速度の変化により,河川水とそれによって供給される堆積物の広がり方が変化することである. 今回挙げた堆積曲線の特徴は,日本の濃尾平野で採取されたコア(KZ-1)(山口ほか,2002)でもみられている.今後,海水準上昇速度の変化にともなう沿岸環境の変化が,堆積システムの発達にどのように効いているのかを,シミュレーションなどの手法を用いて詳細に検討していく必要があるだろう.

著者関連情報
© 2003 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top