日本地理学会発表要旨集
2003年度日本地理学会春季学術大会
選択された号の論文の25件中1~25を表示しています
  • 鹿島 薫
    p. 000001
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
    会議録・要旨集 フリー
    1 研究の目的 近年、氷河堆積物の酸素同位体測定などから、第四紀後期に数千年_から_数百年周期の急激な気候変動が繰り返したことが指摘されるようになってきた(多田1998)。一方、日本周辺における完新世海水準変動の研究から、「縄文中期の海退」、「弥生海退」など完新世において何回かの一時的な海水準低下の存在が指摘されている(例えば海津1994)。これらの海水準の微細な変動は上記の数千年から数百年周期の急激な気候変動が完新世においても継続していた可能性を示唆している。 本講演では、主に珪藻化石を中心に、生物指標からの完新世後半における古環境変遷と海水準変動の復元について、浜名湖などに沿岸汽水湖沼における最近の研究成果を報告する。2 ボーリングコア試料中の珪藻遺骸群集の変動による汽水湖沼における塩分変動の復元 本講演では、完新世基底部までの試料が得られているボーリングコア試料が得られている、浜名湖、霞ヶ浦、宍道湖、三方湖、さらにサロマ湖湖岸に近い常呂平野について、珪藻遺骸群集からの塩分変動の復元を行った。また、以下、各湖沼における珪藻群集の特徴とその地史を簡単に述べる。(1)浜名湖 浜名湖ではアカホヤ降下期以降、2回の淡水化期が確認された。この2つの時期では、淡水湖沼にのみ出現するAulacoseira granulata, A. ambiguaが優占して産出しており、完全に海域とは隔離されいた。この二つの淡水化期の正確な編年はまだなされていないが、火山灰や14C年代測定値からの推定すると、3000から2300yBP, 1600~500 yBPとなる。(2)霞ヶ浦 霞ヶ浦では、湖水の淡水化は最近500年の現象であり、それ以前には湖水が淡水化したことはなかった。アカホヤ降下期以降、湖水の塩分はゆるやかに低下し、水深の浅くなってきたことが、浮遊生珪藻群集の群集変化と、付着性珪藻の割合の増加で推定される。 しかし、Cyclotella caspia の割合の変化から、3回の海進海退が完新世後半に確認された。(3)宍道湖 宍道湖では、約5500から500yBP 頃に、珪藻化石が産出しない層準が産出した。この層準は、ヌマコダキガイの幼貝のみが産出するという異常な堆積環境となっており、極めて特殊な堆積環境による現象として検討中である。その後宍道湖はAulacoseira granulata, A. ambiguaが優占する淡水湖沼となった。そして、最近(約100年前)に低鹹汽水湖沼へと変化した。(4)三方湖 三方湖では、完新世を通じて最近500年前頃まで淡水環境が継続していた。その後、Cyclotella caspia が優占する低鹹汽水湖沼へと変化した。淡水湖の期間においても、顕著な水深の変動が復元された。(5)常呂平野 常呂平野では、完新世後期において3回の顕著な海進海退過程が復元された。3 日本各地の沿岸性汽水湖沼における完新世における環境変動の共通性   研究の結果、日本各地の沿岸性汽水湖沼では、様々な環境変動の過程が確認されることが分かった。しかし、完新世中_から_後半において、周期的な環境変動が共通して認められる。それらは、顕著な塩分変動として認められるものから、水深変動として確認されるものまで、その環境変動の程度・様式には各湖沼で差異があるものの、相対的な低塩分期には共通性が認められることが分かった。それらの年代はおおよそ、4500-5000yBP. 2500-3000yBP, 1300yBP, 300yBPである(なお、年代についてはさらなる検討が必要である)。 このような環境変動の共通性は、地殻変動のような地域的な変動では説明がつかず、気候変動・海水準変動など広域の変動によるものと考えられる。ただ、気候変動・海水準変動に対する湖沼環境の変動様式には、多様性が見られ、それが環境変動の個別性・地域性を強調して印象づけていた。
  • 大塚 俊幸
    p. 000002
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    _I_ 研究目的中心商業地縁辺部は、商業地と住宅地の双方を背後に擁することにより、多様な都市機能が複合した生活空間として再生する可能性を秘めている。従来、都市地理学では都市の内部構造について都市機能の地域的分化の観点から論じられることが多く、商業機能と居住機能が複合した生活空間という観点から中心商業地縁辺部について論じた研究は少ない。そこで本研究では、中心商業地縁辺部に焦点をあて、マンションの持つ多様な機能に着目し、店舗併用マンションの立地要因と周辺地域へのインパクトを明らかにするとともに、いかなる地域的要因が絡み合って中心商業地縁辺部の再生に結びついていくのか、そのプロセスを明らかにした。_II_ 対象地区本研究で対象とする四日市市諏訪新道地区(L=716m、会員数107店舗)は、かつては商業の中心であり、現在でも祭りや「市」の舞台にもなっているが、環境変化に伴い住宅地としての色彩が強まっている中心商業地と住宅地との境界地域に位置する地区である。_III_ 研究方法 マンション居住世帯および地区内商業者へのアンケート調査、新規出店者およびマンション供給業者等への聞き取り調査を実施し、その結果をもとに考察した。_IV_ 結果と考察(1)マンション立地と居住世帯当地区では1991年以降、現在建設中のものも含めて6棟の分譲マンションが建設されている。当地区は、本来民間によるマンション建設がなされにくい地域であるにもかかわらずマンション建設が行われた背景には、行政の積極的な誘導による再開発事業の実施がある。6棟中4棟が再開発事業によるものであるが、これらは当初商業系再開発として計画されていたが、厳しい経済情勢のもと計画が変更され、店舗併用マンションという形態になった。マンション居住世帯の家族構成は、30歳代_から_40歳代の夫婦のみおよび夫婦と子ども世帯が全体の約半数を占め、前住地は市内が約3分の2を占めている。居住地選定に際しては、価格、公共交通への依存度、都市的利便性、親との近接性、都心としてのまちのイメージなどの諸要素が絡み合っている。(2)マンション立地が商店街に与える影響マンション立地は個店経営にはすぐには結びつくとは限らないが、街並みが一新されたことにより商店街のイメージアップにつながったこと、そして1階部分に店舗空間が供給されたことにより新規店舗の立地を促す引き金になり、かつての中心商業地であるという街のイメージも作用して、商店街全体の機能集積の拡大に寄与している。具体的には、マンション1階への入居以外にも、商店街の空き店舗へ10店舗の新規出店があった。それらは従来の物販店ではなく、こだわりの店、ショールーム機能を付加した店、実験的性格を有した店、飲食店、サービス業などである。新規店舗の立地要因は、アクセス性、周辺環境、場所性、出店コスト、建物の新しさ、路面店であること、家主との関係、地域コミュニティの存在、マンション居住者への期待などであり、経営主体や経営方針により重視する要因が異なる。(3)中心商業地縁辺部の再生過程中心商業地のコンパクト化により住宅地化を余儀なくされた中心商業地縁辺部は、商業の核心部が駅前に移る以前の中心であり、都市のシンボル的空間であった。そのため、行政もその活性化に向けて積極的に取り組むこととなり、再開発事業により店舗併用マンションの供給を可能にした。それにより商業空間の機能更新を果たすとともに、地区の居住世帯構造に大きな変化をもたらした。当地区は、再開発事業が実施されなければ、居住機能に侵食される地区である。しかし、かつての商業中心としてのポテンシャルが作用し、低層部への商業機能の立地を促すこととなった。このように、中心商業地縁辺部は商業機能と居住機能の双方の影響を受け、それらの機能が複合した生活空間としての再生が期待できる地域である。
  • 藤田 和史, 小田 宏信
    p. 000003
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    _I_. 問題の所在  経済のグローバル化など,日本の製造業を取り巻く経済環境は,近年大きく変化してきた.その過程で,日本の製造業は従来型の大量生産の企業システムから脱却し,より技術集約・知識集約型の企業システムへと変貌を遂げてきている.これは,中小製造業においても同様であり,下請量産形態から試作・開発など技術集約・知識集約型の形態へと変化してきている.従来,労働集約型の組み立て工場が卓越してきた農村の一部においてもこの変化は進行し,製品開発型の中小企業が勃興しつつある.本報告は,長野県駒ヶ根市を事例として,同地域に展開する開発型中小企業の形成過程および事業展開を示すとともに,その技術的基盤を明らかにすることを目的とする. _II_. 駒ヶ根市工業の歴史的展開  駒ヶ根市における工業発展の遠因は,製糸業に求められる.製糸業は,1920年代末期の世界恐慌期に衰退し,その後に休廃業した製糸工場の施設を利用した軍需産業の疎開工場進出が相次いだ.これらの疎開企業が,戦後の駒ヶ根市工業発展の基礎となる.疎開企業の多くは,終戦後駒ヶ根市からひきあげたが,残留した企業の中から電気機器・精密機器工業の中核企業が排出された.特に,帝国通信工業は駒ヶ根市の電気機器工業発展の基盤となっている.1958年,新大田切発電所が県営事業で建設され,電力などのインフラストラクチャ整備が進んだ.このような中で,駒ヶ根市は工場誘致条例を制定し,税制・動力などの優遇措置を講じた.さらに,1962年,伊那谷全体が国の低開発地域工業開発促進法の指定を受け,いっそうの基盤整備と工場誘致が進行した.その結果,廉価な労働力と広大な敷地を求めて,モーター類など電機機器部品を中心とする進出企業と,その下請工場群が数多く出現するという,農村工業化が進展した.図1は駒ヶ根市における機械金属工業従業者数を示している.これをみると,1973年以前を中心として電機機器工業の従業者数の増加が著しい.その後も電機機器工業の従業者数が第一位を占めているが,1985年のプラザ合意以降,大幅な減少がみられる.その一方で,一般機器工業の従業者数が増加しつつあり,90年代以降ののびが相対的に顕著となっている. _III_. 開発型中小企業の形成と展開  1985年のプラザ合意以降,メーカーの生産拠点の海外移転および海外企業との競争が激化するにつれ,労働集約的な生産形態で業務を行ってきた中小製造業は危機に立たされるようになった.そのような状況下,企業の中には従来の電機機器部品生産に加えて新規に技術導入をはかり,自社製品開発など新たな業種へと参入する企業が現れた.また,技術的な研鑽を積み,自社技術を深化させることによって製品開発業務へと参入する企業も出現した.このような形で,自社製品開発型企業の基盤が形成されてきた.これらの企業は,技術の蓄積に関して,生産に関わるネットワークを活用するとともに,「テクノネットこまがね」という異業種交流ネットワークを構築し,積極的な技術学習を実施している.そのようにして得られた技術は,さらなる製品開発に活用される.このように,駒ヶ根市の工業は,従来の労働集約的な業態から,より知識・技術集約的な業態へと変化しつつあるということができよう.
  • 佐藤 大祐
    p. 000005
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    1. はじめに 欧米のスポーツが日本に定着した時期や場所は,スポーツの種類によって大きく異なる.これらの差異には,用具の導入プロセスや価格,必要とされる競技場といったスポーツそのものの特性や,スポーツを受け入れた華族や学生などの社会属性の違い,および当時の社会的背景が大きく影響したものと考えられる. 周知のように文化伝播とは,文化要素が起源地から他の地域に伝わっていくことである.ここで,ある一つの地域に焦点を絞って伝播の過程をみてみると,文化要素はごく少数の人物によって地域に「導入」され,地域の多くの人々に受容されてはじめて「定着」する.そして場合によっては他の地域へ「拡散」する.本研究では,この伝播の過程における定着の段階を重視する.そして,定着の段階で文化要素を受け入れた人間集団とその社会的背景を,受容基盤と呼ぶ.2. 目的と方法 本研究の目的は,明治・大正期の日本においてヨットというスポーツがいかに伝播したのかを,受容基盤に注目して明らかにすることにある.ヨットの場合,艇がある地域に導入されて隻数が増えると,その地域を単位としてヨットクラブが結成される.つまり,ヨットクラブの結成が,ヨットが地域に定着したことを意味する.したがって,本研究で受容基盤として具体的に分析するものは,_丸1_ヨットクラブの結成を主導した人物,_丸2_クラブ会員の社会属性,_丸3_当時の社会経済状況である.また,ヨットクラブを結成に導いたものとして,ヨットクラブが地域で果たした機能もあわせて検討する.加えて,ヨットが他の地域に拡散する原動力として,交通機関の発達だけでなく,クラブの活動を通じた地域間交流がどのように作用したのかを吟味する.3. 結果 まず,ヨットは欧米列強の植民地貿易の前進基地である外国人居留地に導入された.横浜では,居留地貿易を主導した商館経営者や銀行・商社駐在員,外交官などの外国人によって,ヨットクラブが1886年に結成され,彼らの社交場として機能した.その後,ヨットは1890年代に形成された中禅寺湖畔の高原避暑地に伝播し,ヨットクラブが1906年に結成された.この担い手はイギリスやベルギーなどの駐日公使をはじめとする欧米外交官であった.中禅寺湖畔では夏季に,東京における欧米外交官と日本人華族の国際交流が繰り広げられた.そして,ヨットは海浜別荘地である湘南海岸において,華族を中心とする上流日本人の間へ1920年代から普及していった.以上のように,ヨットは居留地外国人・駐日外交官から日本人華族・財界人への受容基盤の変化とともに,外国人居留地から高原避暑地,海浜別荘地へと伝播し,定着したことが分かった.
  • 鬼塚 展明
    p. 000006
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    1.はじめに高齢者の生活行動や生活空間に関しては多くの研究がなされ、事例の蓄積が進んでいる。既存の研究は、集落や町村を単位とした地域の外出行動や生活行動を明らかにしているものがほとんどであるが、世帯構造に着目した分析は多くない。本研究の目的は、都市における高齢者の外出行動について居住地によってどのような違いが見られるのか、その特徴を明らかにすることである。その上で生活空間を把握し、外出行動における問題点を指摘し、改善方法を示すことに意義がある。本研究では福島県郡山市を対象としてとりあげた。第62回大会(金沢大学)では、郡山市の高齢者世帯の中で特に多い同居世帯の特徴について発表したが、今回は単身世帯と夫婦世帯の外出行動の特徴を中心に発表する。2.調査概要都市の性質を持つ地域として桃見台地区(以下、中心部)、農村の性質を持つ地域として逢瀬地区(以下、周辺部)をとりあげた。各々の地区に在住し、単身世帯と夫婦世帯に居住する65歳以上の高齢者を対象に、面接による聞き取り調査を実施した。調査項目は(1)高齢者や世帯の属性に関する項目、(2)外出行動に関する項目、(3)公共交通機関に関する項目である。 回答数は、中心部の単身世帯38人、夫婦世帯38世帯62人、周辺部の単身世帯13人、夫婦世帯19世帯36人である。3.結果 高齢者の受給している年金は、中心部では国民年金と厚生年金の受給者の割合にあまり差がない。一方、周辺部では、国民年金の受給者の割合が高くなっている。日常生活において、誰かに手伝ってもらうことがあるか否かについては、中心部では80%強の、周辺部では60%程の高齢者が、誰にも手伝ってもらうことはない、と回答した。次に、外出行動については、外出目的、外出先、利用手段の3点から述べる。まず、外出目的については表の通りである。外出先は、中心部では、地区内への外出が圧倒的に多い。また、周辺にも商業施設などが多く立地しているため、周辺の地区への外出も見られる。一方、周辺部でも地区内への外出が最も多かったが、特に単身世帯では80%近くが地区内への外出となっている。夫婦世帯では、隣接する大槻地区への外出が次いで多くなっている。これは周辺部では商業施設や医療施設が少ないためである。利用手段は、両地区とも地区内への外出が多いことから、徒歩が最も多くなっている。自動車の利用は中心部の夫婦世帯が突出している。 公共交通機関の利用について見てみると、利用しない人の割合が、両地区とも単身世帯では25%前後、夫婦世帯では約40%と世帯によって差がある。(注:表は事務局に提出した紙に掲載)
  • 堀 和明, 斎藤 文紀
    p. 000007
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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     近年,沖積平野を構成する堆積物中に多数の放射性炭素年代測定値を入れ,地層形成過程を1000年オーダーで議論する研究が盛んにおこなわれている(Saito, 1995;増田,1998など).これにより,ボーリング地点の堆積速度変化や堆積速度と堆積環境との関係,さらには堆積速度(曲線)と海水準変動の比較により古標高・古水深の変化を詳細に検討することが可能になった.本研究では,最終氷期の海水準低下にともなう河川の下刻作用によって形成された開析谷を充填する堆積物に着目し,堆積相,堆積曲線,海水準変動との関係から,堆積システムの発達を考察する. 開析谷充填堆積システムにおいて,詳細な年代値が得られている長江のCM97とHQ98(Hori et al.,2001)および紅河のND-1(Tanabe et al.,2003)コア堆積物の深度ム年代値をプロットした(図1).さらに,海水準変動の指標として,ヒュオン半島のサンゴ礁から得られた深度ム年代値(Ota and Chappell, 1999)を用いた.年代値には暦年補正を施してある. 堆積相,堆積曲線,海水準変動との関係から,以下のことが読みとれる.(1) どの曲線も約12 cal kyr BP以降,速→遅→速といった堆積速度変化を示す.(2) 11-9 cal kyr BPにかけての堆積速度は,海水準上昇速度(約15m/ka)より小さいながらも非常に大きい.堆積物は開析谷を埋積するエスチュアリー堆積物で特徴づけられ,上部に向かってより海側の堆積環境になる.含まれる貝殻片は汽水性で炭素同位対比(δ13C)も小さい.(3) どの地点においても9-8cal kyr BP頃に堆積速度が急減し,堆積物も泥質なプロデルタ(内湾底)堆積物となり,貝殻片の炭素同位対比は高くなる.この時期に海水準上昇速度はそれ以前の約1/2に大きく低下し,海水準は7 cal kyr BP頃にほぼ現海水準に達する.(4) 再び堆積速度が増加する時期は場所により異なる.堆積物は上方粗粒化を示すデルタフロント堆積物からなり,貝殻片の炭素同位対比は再び小さくなる. 堆積システムに影響を与える諸条件,すなわち流域の気候,土砂輸送量,流量,開析谷地形の形態,河床勾配,は長江と紅河で大きく異なる.それにもかかわらず,両者ともに9-8 cal kyr BP頃に堆積システムが劇的に変化している.これは同時期に起こった海水準上昇速度の低下によって引き起こされた可能性が高い.現時点で,堆積システムの変化を生じさせるメカニズムとして考えられるのは,海水準上昇速度の変化により,河川水とそれによって供給される堆積物の広がり方が変化することである. 今回挙げた堆積曲線の特徴は,日本の濃尾平野で採取されたコア(KZ-1)(山口ほか,2002)でもみられている.今後,海水準上昇速度の変化にともなう沿岸環境の変化が,堆積システムの発達にどのように効いているのかを,シミュレーションなどの手法を用いて詳細に検討していく必要があるだろう.
  • 松井 健一, 高橋 日出男
    p. 000008
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    1. はじめに近年, 地球上の各地で積雪量の減少が指摘され, IPCC (1992) では北半球の積雪面積と北半球平均気温には高い負の相関関係があるとしている. しかし北半球の大陸を21地域に分けて各々の地域の積雪面積と北半球の積雪面積との関係を調べたRobinson and Frei (1995) は, 北半球の積雪面積との間に高い正の相関関係が認められる地域とともに, 無相関の地域や負の相関関係が認められる地域も数多く存在することを指摘している. そこで本研究では, 全球的な積雪変動と地球温暖化などの気候変動との関係を明らかにすることを目的とし, まず1966年から2001年までの北半球における積雪変動の地域性を衛星データに基づいて解析した.2. データと研究方法本研究ではアメリカ合衆国のNational Snow and Ice Data Centerから入手した, 衛星観測に基づくNorthern Hemisphere EASE-Grid Weekly Snow Cover and Sea Ice Extent Version 2に収録されている1966年10月から2001年6月までの北半球全体の25kmグリッド週平均積雪データを, 2°グリッド月平均積雪頻度データに加工して使用した. 地上観測データは観測点が中緯度の都市部に偏在し都市の影響を強く受けていると考えられるため, 本研究では衛星データを使用した.まず月ごとに毎年の積雪頻度とその標準偏差の分布を調べた. 次に月ごとに各グリッドの積雪頻度にPearsonの相関係数に基づく群平均法によるクラスタ分析を施した. なお, ある程度の広がりをもった複数のクラスタによりまとめられた10月から4月については, 月ごとに主成分分析を施し変動の地域性を調べた. さらに積雪頻度の季節変化を調べるために北半球全体と7つの経度帯における積雪頻度とその標準偏差を月ごとに緯度平均して調べた.3. 結果1) Robinson et al. (1993) が積雪面積をもとに春季の積雪減少が顕著であると指摘したのに対し, 各月の積雪頻度の変動をみると春季において積雪変動に経年変化は認められず, 7月や8月といった夏季に明瞭な減少傾向が認められた.2) 各月の積雪変動にクラスタ分析を施した結果, 1つの大きなクラスタがほとんどの積雪域を占める5月から9月と, ある程度の広がりをもった複数のクラスタにより積雪域の変動が説明される10月から4月 (図1) の2つの時期により分類された.3) 積雪変動の経年変化が認められる地域がある月とない月が季節に関係なく存在し, 経年変化している地域がある月では多くの積雪域で減少傾向を示し, ヒマラヤ山脈とチベット地域で特に顕著であった. これに対し, 北アメリカ大陸西部では増加傾向が認められる月が多かった (図2).4) 10月から4月にかけてヒマラヤ山脈の積雪頻度と北アメリカ大陸西岸の積雪頻度が逆傾向の変動をしていた. 特に12月から4月にかけてヒマラヤ山脈の積雪頻度はヒマラヤ山脈以外の大部分の積雪変動域の積雪頻度と逆傾向の変動をしており (図3), ヒマラヤ山脈の積雪変動は北半球全体の積雪変動と調和的ではなかった.5) 北半球全体と7つの経度帯における積雪頻度の標準偏差を月ごとに緯度平均して調べると, 北半球全体とユーラシア・北アメリカ両大陸東部の季節変化は類似していたが, この他の地域の季節変化とは類似していなかった. すなわち北半球平均の積雪の季節変化は両大陸東部の季節変化を大きく反映している可能性が考えられる.
  • 藤永 豪
    p. 000009
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    1.はじめに 子どもの生活空間については,遊び空間を中心に多くの研究が蓄積されてきた。その中で,現代の子どもたちの遊び場は,住宅開発や道路整備などの土地利用変化や児童数の減少,習い事による時間的制約など子どもの生活そのものの変化により,減少,縮小傾向にあることが繰り返し指摘されてきた。では,都市と比較して,はるかに広大な面積を占め,豊かな自然が残り,大規模な土地利用変化がみられない農山村では,子どもの遊び空間はどのように変化し,その変化の要因はどのようなものであろうか。本発表では,山間地域における子どもの遊び空間の変容について,長野県四賀村保福寺町地区を事例に報告する。2.対象地域の概要四賀村は長野県中北部に位置し,南を松本市と接する。保福寺町地区はその四賀村の南東部に位置し,標高およそ750~900mにある。2000年における保福寺町地区の総世帯数は84,総人口は286である。 保福寺町地区は江戸期に,中山道に通じる北国脇往還西街道の宿場町として栄えた。しかし,明治期に入ると輸送の中心は鉄道へと移り,宿場町としての機能は衰退した。その後は農林業を主軸とする山村へと変貌していった。第二次世界大戦終了後から1960年代半ばまでは,農林業とともに養蚕や製炭が盛んであったが,高度経済成長期以降は,農外就業者が増加した。同時に,若年人口の流出が顕著となり,児童数も減少した。1950年には73人いた錦部小学校保福寺分校の児童も,1970年には44人となり,1973年には保福寺分校が廃止された。3. 研究方法 本報告では,子どもの遊び空間の変容を明らかにするために,祖父母世代・父母世代・現代の子どもの三世代について,遊び空間を比較検討することにした。各世代の設定については,現代の子ども,すなわち小学生(特に4~6年生の小学校高学年にあたる子どもたち)を基準として,祖父母世代を60~80歳代(1920~40年代生まれ),父母世代を30~40歳代(1960~70年代生まれ)の住民とした。住民の小学生時の遊びを把握するために,アンケート調査を行った。調査内容は,主に遊び場と遊びの内容,遊び仲間である。その結果,祖父母世代102人のうち27.5%にあたる28人,父母世代61人のうち44.3%にあたる27人,現代の子ども14人のうち57.0%にあたる8人から有効回答を得た。そして,このアンケート調査と実際の遊びの行動実態を結びつけるため,世代別に具体的な遊び場の位置と遊び仲間の所在地について聞取り調査を行った。4.結果の概要 山間地域に位置する保福寺町地区でも,都市と同様に,子どもの遊び空間は縮小し,自然と触れ合う遊びが減少していた。その要因として,山間地域と都市における生活の質的差異がなくなったことや,護岸工事にみられる自然環境の改変,児童数の減少などが明らかとなった。加えて,コンピューターゲームの浸透から,保福寺町地区の子どもたちの遊びも屋内化が進行していた。 しかし,子どもたちがその遊びに適した場所を選定し,遊ぶことを禁止された場所で遊ぶなどの主体的な行動をとっていることも明らかとなった。すなわち,大人たちによって遊び空間が切り取られていく都市に対して,山間地域では潜在的な遊び場が残されており,子どもたちはその中で自己の意思決定において,比較的自由に遊び場を選定できるのである。これは,都市のような激しい土地利用の変化や,立ち入ることを絶対的に禁止された空間の拡大が少ないという,山間地域の特性によるものであった。
  • 井上 伸夫, 北川 浩之
    p. 000010
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    はじめに 本研究は、湖沼堆積物に含有する風成塵起源物質の動態を考察することを主たる目的とする。堆積物中には過去における気候・環境の変動が様々なプロキシによって記録されているということが認識され、堆積物を利用した多くの研究事例が報告されている。古風系・Paleo-Monsoon を復元する手法としての“風成塵”もその一つである。“風成塵”とは風系によって運搬・堆積される細粒物質を指し、東アジアにおいては冬季の北西季節風、夏冬の亜熱帯偏西ジェット気流により運搬・堆積される(成瀬、1998)。 しかし堆積物は様々な要素が混在する複合体であり、個々の堆積要素を独立に抽出することは困難である。従来、堆積組成を検討する為に粒度分析が広く用いられてきた。本研究は堆積物の風成塵起源物質の動態を考察するために、堆積物の粒度分析に従来とは違うアプローチを試みた。試料採取地および分析手法 本研究に供した試料は中華人民共和国南西端に位置する雲南省西部エルハイ(洱海)において、1998年に採取されたボーリングコアである。エルハイ湖の広さは248km2、平均水深は10.5m、最大水深は22m、標高は1975m前後で周辺の年平均気温は14℃前後である。 分析には、約10m長のボーリングコアを用いた。採取されたボーリングコアはほぼ均質・暗緑色のシルト質粘土で構成される。10m長のコアを1cm間隔にて切断を行い、それぞれについて化学的手法により有機物除去を試みた。粒度分析には有機物除去後の試料を用いた。なお粒度分布測定には、堀場製作所製のレーザ回折式粒度分析機LA-300を使用した。分析結果 分析の結果、100cm付近までは粒度組成が中央粒径値で10µm以下の変動であるのに対し、それ以下の深度では12‐16µm間の変動と徐々に粗粒化傾向を示す。 試料採取地がインド夏季モンスーンの卓越する地域であることから、粒径分布の変動はインド夏季モンスーンの変動と密接に関連していることが示唆される。
  • レグミ ダナンジャイ, 渡辺 悌二
    p. 000011
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    IntroductionRockfall is one of the major geomorphic processes acting on steep mountain slopes. The role of rockfall in the total denudation of mountain slopes is significant in cold areas where vegetation is sparse and frost action is active. Several weathering processes may contribute to rockfall generation in cold mountains. Many studies suggest that rockfall originates from diurnal and seasonal freezing and thawing; some explain deglaciation as a major cause, while some highlights on the thermal stress. Despite such numerous studies, studies focusing on the seasonal difference of rockfall in different slope aspects and altitudes are sparse. This study aims at: describing the rockfall activity in alpine cliff in different slope aspects in relation to the rock temperature and frost wedging in the upper Kanchenjunga valley, northeast corner of Nepal.Research MethodologyRockfalls were observed directly in the field in the east-, west-, north- and south-facing slopes; the exposed bedrock area was calculated from the photographs taken at different seasons. Rock temperatures at 2 cm depth, on the free face at different aspects and altitudes (ranging from 4947 m to 6005 m), were monitored using automatic data loggers. The air temperatures were measured at the altitudes of 4755 m and 6012 m, and precipitation were measured at the altitudes of 4648 m and 5235 m. Freeze-thaw cycles at different altitudes were computed to evaluate the effect of freeze-thaw in rockfall activity. Effect of frost wedging was derived using crack extensometer. Rock samplings were made at the base of each rockfall-counting sites to evaluate the affected geology and, at last, a rockwall retreat rate was calculated using the rockfall number and the average volume of the rocks sampled below the rockwalls at four aspects.Results Results based on rockfall/km2 show distinct difference in rockfall amount in terms of- season, aspect and the time of the day. In the presence of moisture in rock, which varies with season, the magnitude of rockfall activity significantly varies with the change in the ratio of snow-free area to snow-covered area. Different slope aspects show the seasonal difference in temperature and freeze-thaw activities, which are supposed to be the major factors controlling rockfall activity. Monitoring of frost wedging shows the seasonal expansion and contraction of the rocks, i.e., expansion in winter and contraction in dry and rainy seasons. Rockwall retreat rates show significant variations in the different aspects. ConclusionsThe rockfall activity in the Kanchenjunga valley started from the middle of March and reaches maximum during rainy season. This seasonal change in the amount indicates that the activity depends mainly on the seasonal difference of thermal and hydrological regime in the bedrock. Maximum rockfall occurs in the east-facing slope and then in south-, west- and north-facing slopes, respectively. From March to May the maximum rockwall retreat rate was found in the east-facing slope followed by north-, west-, and south-facing slope.
  • 川野 敬
    p. 000012
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    1.研究目的 これまでの子どもの外遊びに関する研究では,子どもの知覚環境の発達や遊び時間・遊び仲間・遊び空間(遊び場所・地域性)の変化が注目されてきた.これによって,子どもの日常生活やその周辺環境に対する関心が高まり,子どもの外遊びを促進する提言や施策がなされるようになった.そのなかで,子どもを社会の一構成要員として改めて捉え直すことで,彼らが社会のなかでどのような立場や位置にあるのかを明らかにする研究が試みられるようになった.その結果,子どもの「遊び」自体についても新たな解釈が求められるようになった.
    報告者は子どもの「遊び」のなかでも,特に「外遊び」のあり方に着目し,その地理的パターンを規定する要因の一つとして想定される保護者というファクターについて関心を払う.その理由として,直接的に子どもの行動価値基準の形成にとって,保護者は最も大きな影響を及ぼしうる存在であると考えられるためである.そこで本研究では,保護者が子どもの外遊びに与える影響とその要因を明らかにする.そのため子ども自身が得る直接的な経験がどのように保護者の行動価値基準とズレを生じてさせているかを明らかにする.
    2.研究方法 奈良市北部にある平城ニュータウン内の2小学校区3子ども会の児童と、保護者である親に対してアンケートを配布した.まず基礎情報として,遊び場所と境界線の認識や経験について略地図をもとに両者に回答を求めた.そして各々の場所に対する評価として,子どもは遊び場所についての印象を,親は遊び場所・境界線における子どもへの注意の程度とその理由を質問した.なお,遊び場所は2小学校区全体で10地点の都市公園を対象とし,境界線はニュータウン内と外縁部にある主要な幹線道路と鉄道線路を選定した.
    3.研究結果 校区内の遊び場所については子ども・親ともに居住地を中心に全体的に認識しており,親はほとんどの遊び場所における子どもの外遊びを許可している.つまり校区内では親は子どもの行動に応じた比較的緩やかでかつ柔軟な対応をしている.ただし,治安に問題があると見られる場所に対する親の関心は強く,居住地からの距離に関係なく,そのような場所での外遊びの禁止割合が高い.しかし,親が禁止している遊び場所のうち居住地から近いものでは,子どもの外遊びが発生している.
    校区外の場所について子どもはあまり認識しておらず,学年が進んでも遊び場所の知識量は学区内に止まっていた.他方,親についても子どもほどではないが,校区の内と外での知識量の格差は大きかった.そこで親の評価を見ると「そもそも行かない」と「禁止」の2つの判断に別れる.しかしこれは両者とも,具体的な情報よりむしろ漠然とした印象や不安といった理由によることがアンケートで分かった.このことは校区外の遊び場所で遊ぶことを禁ずる割合が距離に比例して単純に高くなっていることからも分かる.つまり,親自身が校区外についての具体的な情報を持たず,それを子どもに提供できていないためだと考えられる.
    4.考察 以上から,子どもの外遊びに対する親の態度や状況は校区の内と外によって大きく異なっている.そしてこの校区という基準を親から与えられ子どもは活動していることが明らかになった.このことはValentine and Mckendrick(1997)が指摘したように,親の養育態度が子どもの外遊びに影響を与えることと一致した.ただ入居後10年程度のニュータウンにおいては,親の地域に対する情報量の少なさが子どもの外遊びを決定づける要因の一つとなっている.そのため、親の養育態度も校区という境界線によって質的に大きく異なることが判明した.
  • 熊木 洋太
    p. 000013
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    地震・地震災害とハザードマップ ハザードマップは,災害に対する自然的または社会的特性に基づいて土地を区分・評価することによって,災害の危険性の地理的分布を示すものである。多くの場合,地方行政や地域社会や個人の行動に役立てるためのものであるので,それに適した空間解像度で表現される必要がある。 地震は地下の断層活動により発生するが,災害の大部分は,その現象自体ではなく,地表での強震動により発生するから,地震発生源の場所を示しただけでは,十分なハザードマップとは言えず,強震動を受ける場所を示す必要がある。しかし一つの地震で生じる強震動はきわめて広範囲に及び,かつ土地の特性に強くは規制されないから,一定以上の強震動を受ける可能性のある場所を示しただけでは,日本では期待される空間解像度から見て十分ではない。河川氾濫や地すべりなどは,現象自体が災害であり,かつある程度限定された場所で発生するから,その発生場所を示すことで適度な空間解像度のハザードマップとなり得るが,地震災害を対象としたハザードマップの場合は,このように異なる困難さがある。確率による地震動予測地図 実際に地方公共団体で作成されている地震ハザードマップは,多くの場合,地域防災計画策定に必要な被害予測の一環として作成されたものである。この場合,大きな被害をもたらす具体的な地震を少数個あらかじめ想定して行うが,このシナリオ地震以外にその地域にとって現在発生確率の高い地震がある可能性があり,そのような地震が防災意識外に置かれてしまうおそれがある。 一方,国の地震調査研究推進本部では,地震防災対策特別措置法の規定によって立案された「地震に関する観測,測量,調査及び研究の推進についての総合的かつ基本的な施策」において,推進すべき課題として全国の確率的な地震動(強震動)予測地図の作成を取り上げている。これは,あらゆる地震を対象として,現在からのある期間内に,ある強さ以上の地震動が,どのような確率で発生するか,の3要素のうち2要素を与えて,残りの1要素の地理的分布を出力するものである。同本部では平成16年度中に全国を概観するものを作成する方針であり,地震調査委員会が長期評価の一環として作業を進め,すでに地域を限定した試作図が公開されている。同様のものはUSGSが米国を対象に作成しており,ウェブで公開されている。 この図の作成では,プレート境界や活断層で発生する固有地震については,これまで諸研究成果から平均再来間隔と最新活動時期を求めて一定期間内の発生確率を計算し,また震源断層面の位置・形状及び1回の地震時のスリップベクトルを推定して全国各地点の強震動の強さ(震度,加速度等)を計算する。震源をあらかじめ特定できない地震や固有地震とは言えない地震については,現在までの観測結果とグーテンベルグ・リヒター式から地震発生頻度(確率)を算出する。技術的な課題は多いが,完成すれば再来間隔の短いプレート間地震と再来間隔の長い活断層の地震,さらに繰り返し性の不明な地震まで含めて,統一的な評価による相対的危険地域が明らかにされ,防災対策上の効果は大きいであろう。地震動以外の現象に対するハザードマップ 地震の場合は,地下の断層活動がもたらした地表の変位や,津波・液状化・斜面崩壊,あるいは火災などの二次的に発生する現象も大きな災害要因となるから,強震動だけでなく,これらの現象を対象としたハザードマップも重要である。国土庁・建設省は液状化マップの作成マニュアルを示しており,最近では津波のシミュレーションが多く行われている。1999年の台湾集集地震で注目された地表の断層変位については,米国カリフォルニア州の活断層法に基づく地震断層帯地図が一種のハザードマップと言えなくもないが,今後の課題である。
  • 石浜 佐栄子, 関口 辰夫
    p. 000014
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    1.はじめに
    2000年6月に始まった三宅島の火山活動は、大規模な山頂噴火、山頂部の陥没、大量の降灰等を経て、今なお火山ガスの放出を続けている。国土地理院では2001年3月に噴火地形図および災害現況図を発表し、噴火後の雄山火口付近の地形や泥流堆積地の分布等を明らかにした。本研究では、その後の三宅島の地形変化について、衛星画像を用いて解析を行った。
    2.手法
    用いた画像は、2002年3月に取得したQuickbird画像(解像度61cm)である。これを他時期の空中写真やASTER画像(解像度15m)等と比較することにより、雄山火口付近の地形変化および泥流の堆積地域を抽出した。
    3.結果
    Quickbird画像を判読した結果、雄山火口内では、2001年以降も火口壁の崩落による土砂の堆積によって崖錐が発達しており、水溜まり区域の縮小・移動等の変化も見られた(図1)。また、泥流が発生している地域を抽出した(図2)。泥流に関しては、災害現況図作成当時と比べて大きな変化はないものの、新たに数カ所で発生していることが確認できた。一方、ASTER画像を用いても、大まかな火口縁の地形や泥流の分布域等を確認できることが分かった。近年、航空宇宙技術が発達し、非常に高解像度の衛星画像を入手することが可能になってきている。これらの衛星画像を利用することによって、空中写真と同程度の詳細な地形判読が可能であることが明らかになった。
  • 山後 公二
    p. 000015
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    航空レーザスキャナは、GPS技術、航空機の姿勢データを検出する技術及びレーザパルスによる測距技術が融合して実現した新しい技術である。このシステムは、地上と航空機の2つのGPSを使用した連続キネマティック測量とIMU(慣性計測装置)によるプラットフォームの動揺を求めることにより、航空機の正確な位置と姿勢を求め、さらにレーザ測距による航空機と地上のレーザパルスが反射した地点の距離を求めることにより、地表の3次元情報の計測を実施するものである。 従来の地形分類は、地形図等の資料をもとに写真判読、現地調査から行っているが、特に写真判読に時間を要している。本検討作業は、高精度に面的な地形情報が迅速に得られる航空レーザスキャナを活用して、地形分類を効果的に行うためのデータ加工手法を検討し、国土地理院発行の1/25,000土地条件図と比較を行うとともに、試行的に地形分類を行った。 本作業は、茨城県下妻市・真壁郡明野町にまたがる約18km2を対象として実施した。この範囲は、土地条件図「小山」、「真壁」の一部である。対象地域の中央部には小貝川が流れており、両岸に自然堤防、旧河道、後背低地からなる氾濫平野が発達し、その西側に関城台地が、東側に明野台地が接している。この地域は、中世(10世紀頃)に「鳥羽(騰波)ノ江(鳥羽の淡海)」といわれた沼の跡であり、その形跡としての後背低地が現在でも見られる。 計測は、計測密度を1点以上/1m2になるように、対地高度、スキャン角度、取得幅、飛行速度を設定し、平成13年12月23日に実施した。また、平成13年12月31日に、計測した範囲と同じ範囲のカラー航空写真(縮尺1/8,000)撮影を行い、正射影画像を作成し、計測データの検証に利用した。 計測したデータから地表面の三次元データ(オリジナルデータ)を作成し、1m×1mの各メッシュ毎の計測点の存在率を調べたところ、約85%のメッシュに計測点が存在した。オリジナルデータから自動及び手動により植生、建物等の地物の除去を行い、地盤と考えられる点(グラウンドデータ)を抽出した。計測及び地物除去について検証した結果、部分的に地表面の被覆に影響を受け、例えば、針葉樹や混合林においては、地表面データを取得できず、樹上で等高線を作成している場合も見られたが、概ね地盤面を表しており、地形分類を行う際の参考となる図面の作成には十分であることがわかった。このグラウンドデータから、1mDTM(Digital Terrain Model)を作成し、その1mDTMよりカラー段彩図、傾斜分布図、等高線図を作成した。 カラー段彩図で地形表現の違いを比較するため、等間隔(計測された高さの全体の幅を一定の高さの幅で均等に色分けする)方法と、等量(度数分布を用いて各々の色が概ね同じピクセル数になるように色分けを行う)方法によって図面を作成した。両図面を比較すると、等量は、等間隔に比べて、認識できる色を有効に利用しているため、微妙な高さの違いを表現し、微地形を判読しやすくなるという利点があった。加工方法により、本作業内の地域では、土地条件図で示している後背低地や、自然堤防、段丘などと類似するような表現ができ、さらに、段丘については、上位面、中位面、下位面と判読できるような部分もあった。また、低地のより低い部分を詳細に表現することができ、過去の小貝川の浸水範囲とほぼ一致する部分もあり、低平地における水害予測や防災対策検討へ活用できるものと期待される。 傾斜分布図では、傾斜変化部分が認識でき、また、地形の境界部分がある程度抽出されていることから、写真判読の際に活用できると考えられる。 航空レーザスキャナの計測データから作成される等高線図は、従来の航空写真から等高線を作成する方法に比べて、客観的で詳細な等高線の作成が可能となることや、航空写真で影になっている部分の形状が判読可能となる。本作業では、既存の土地条件図に比べて、さらに詳細な斜面形状や浅い谷が判読することが可能であった。 以上のように、航空レーザスキャナにより計測したデータは、写真判読による地形分類を行う上で有効であることや、写真判読では認識しにくい微地形も判読できる場合があることがわかった。
  • 永迫 俊郎
    p. 000016
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    はじめに  南九州の地表の50%強は火砕流台地で占められ,平野の大部分は29 cal ka(奥野,2002)の入戸火砕流原に関わった起源をもつ.火砕流堆積直後の急速な開析によりシラス台地とそれを刻む低地が形成され,それぞれの歴史が始まった.台地上では風成物質の堆積累重を基本としつつ浅谷の埋積が進行した一方,低地では海面変化に対応して河谷の下刻とその開析谷への沖積層の堆積が展開された.この間,南九州で発生した大小様々な火山噴火は,火砕物の供給や植生への打撃といった点で地表環境に影響を与えた.
     本発表では,現在に至る南九州の地表の生いたちを総括するため,沖積低地・流砂系・台地それぞれの地形発達・古環境に関する知見を再構成し,台地と低地を一括りにして地表景観の復原を行い,地表変化と基盤をなすシラス並びに姶良入戸噴火以降の火山噴火との関係について議論する.
    火山噴火の流域・植生への影響  南九州で縄文海進最盛期頃に生じた種々の火山噴火が,内湾の陸化に大きな影響を及ぼした(森脇,2002)ように,土砂供給は火山噴火の影響の大切な側面で,テフラの二次堆積物は沖積層や台地上の浅谷の埋積に寄与した.一次のテフラは乾陸上ではローム・黒ボク中に層として介在し保存されるものの,とくに小規模な噴火や給源火山から離れた地域の場合,その元来の堆積層厚を捉えるのは容易ではない.こうした台地上に比べ,泥炭地はとりわけテフラの保存状態がよく,火山噴火の流域環境への影響を的確に評価するうえで重要な情報源をなす.肝属平野の泥炭層中には,台地上では層として検出されないテフラが5枚見出されている(永迫ほか,1999).泥炭の堆積速度は黒ボクに比べておよそ10倍の速さがあるが,テフラの保存度にもこれと同程度かそれ以上の違いがあると考えられる.
     桜島高峠2・霧島御池・開聞岳1の降下堆積による植生への影響について,肝属平野の泥炭層を対象にした花粉分析により検討したところ,花粉組成に明瞭な変化は認められず,影響があったとしても泥炭1試料の時間分解能からみてせいぜい数年間といった短期間と判断された(河合ほか,2000).北九州よりも温暖とみられる中_から_南九州において,シイ属よりも寒冷な気候を好むアカガシ亜属が卓越しシイ属が少ない傾向にある要因として,火山噴火の影響が指摘された(畑中ほか,1998)が,他の要因を検討しなければならない.
    小規模噴火と異なり,鬼界アカホヤ噴火(7.3 cal ka: Kitagawa et al., 1995)は照葉樹林に大きな打撃を与えたとされているが,その回復過程について花粉(松下,2002a)と植物珪酸体(杉山,1999;2002a)の分析結果に齟齬がみられる.幸屋火砕流の到達圏内において,照葉樹林は比較的早く長くとも100_から_300年程度で回復したとする花粉分析に対し,植物珪酸体分析ではススキ属などが繁茂する草原植生に移行し短くとも900年は照葉樹林が回復しなかったとする.この齟齬は,両分析の空間代表性の広狭と試料の時間分解能に起因すると考えられ,花粉は流域スケールの植生復原に,珪酸体は土壌有機物の給源植生検出に優れた分析法と言える.よって,植生被覆の描写には花粉にもとづく古植生を引用し,黒ボク土地帯の景観は森林と草原がモザイク状に分布する森林・草原混交地帯(阪口,1987)と捉える.
    まとめ  台地と低地が直接関連する現象は,境界をなす急崖の更新と,ベーリング期もしくはアレレード期に低地から台地上に吹き上げられたとみられるシラス起源のテフリックレスの二つである.縄文海進の及んだ下流側の低地ではシラス台地への海食が進展し,海食崖が主な土砂供給源をなしたことが沖積層分析から明らかになっており(永迫,1999など),こうした活発なシラス砂の供給はその後認められない.近世の新田開発に伴い海岸砂丘の発達が促進されたという説(竹部・成瀬,1998)が提示されたが,その時期に河川の氾濫が増加した形跡も認められないことから,その説はシラスの崩壊現象=土砂供給・地形変化と解釈した誤謬とみられる.シラス台地は崩れやすさが強調されがちだが,最初期の地形変化(長くとも3,000年以内)以降は予想以上に安定的である.
     一瞬の現象である火山噴火の影響は,不連続かつ急速に発現し,地表変化の駆動力として機能する期間は概して短く(数100年以内か),気候・海面変化に則った定常的な景観に早く回復すると考えられる.ゆえに,火山地域の地表環境を捉える場合,噴火を契機としたイベント時の環境変化と,噴出したテフラが基盤をなすようになった定常状態の変化とを峻別した議論(イベント性-基盤性の意識化)が不可欠となる.
  • 濱田 浩美, 真砂 佳菜子, 小林 静江
    p. 000017
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    1.調査地域の概要 日光国立公園内にある日光白根山五色沼は、北緯36度48分5秒、東経139度23分5秒に位置する湖沼である。栃木県日光市と群馬県片品村の県境付近にあり、日光火山群の最高峰といわれる日光白根山の東北東1kmに位置し、白根山の火成作用によって形成された日光火山群唯一の火口湖で、湖水面標高は2170mである。五色沼は西南西に位置する白根山の火成作用によって形成された日光火山群唯一の火口湖である。冬季は完全結氷し、2001年11月下旬の調査において氷の厚さは13cm、2002年11月末では18cmであった。

    2.研究目的 同湖沼に関する調査は、日光地域の一湖沼として観測された研究が数編報告されている。宮地・星野(1935)は氷殻下における水温・pH・溶存酸素量・溶存酸素飽和度を測定し、1979年7月に小林純ら(1985)が、湖心部における水温・電気伝導度・pHの測定および19項目の水質分析を行った。水質は無機化学成分の濃度が非常に希薄で、清澄な水であったと報告している。しかし、今までに日光白根山五色沼に関する継続的な調査は行われておらず、水温・水質の鉛直分布の測定、湖盆図さえ報告されていない。
    五色沼は閉塞湖であり、水位を安定に保とうとする自己調節機能をもっているが、水温・水質の季節変化と同様に明らかにされていない。そこで本研究では、日光白根山五色沼において、水位変動および水温変化を連続観測し、湖水の主要イオン濃度の分析を行うとともに、光波測量を行い、正確な湖盆図を作成した。これらの観測結果から、閉塞湖における水温・水質の季節変化および水収支を明らかにした。

    3.研究方法
    a.現地調査 現地調査は2001年11月21日,2002年5月19日,6月8日,8月28日,10月5日,11月27日の計6回行った。観測は全て湖心部において行い、採水は1mまたは0.5mおきに行った。水温および水位の連続観測は、2002年5月19日よりデータロガーを設置し、記録を開始した。湖の北側湖岸の1地点に(株)コーナーシステム製の水圧式自記水位計(KADEC-MIZU)を設置した。
    b.室内分析 採水して持ち帰った湖水は、後日実験室にて、主要イオン(Na+,K+,Mg2+,Ca2+,Cl-,NO3-,SO42-)濃度の分析とpH4.8アルカリ度の測定を行った。

    4.結果および考察
    a.水温・水質の季節変化 五色沼が水深5m弱と浅く、光が湖底に達している。夏季の成層は極めて小さいことがわかったが、透明度は最大水深より大きく、水体および湖底全体が受熱していると考えられる。冬季は逆列成層が形成されていた。
    b.主要イオン濃度分析 年間を通して、湖水の主要イオン濃度は極めて希薄であり、雨水に近い値を示した。白根山は休火山であるにもかかわらず、硫酸イオンや塩化物イオンは低濃度を示しており、火山性の影響が認められなかった。
    c.日平均気温と水温変化 水温変化は、日平均気温の低下が続くと、少し遅れて低下傾向を示すことから、気温が影響しているといえる。常に水温が日平均気温よりも高いのは、日光白根山五色沼は透明度が高く、日射により水体および湖底の全体が受熱しているために、高い水温を示すと考えられる。
    d.水収支 日光白根山五色沼は閉塞湖である。調査期間における13ヶ月の降水量は約1560mmであり、流入河川および流出河川を持たないために、相当量の漏水がなければ水位は維持されない。漏水深は、水位が上昇するにしたがって、大きくなる傾向が認められた。7月10日に131mmの日降水量があり、水位は4日間で約50cm上昇するが、漏水深も大きくなるために、無降水時および2~3mm/day程度の降雨時には水位降下の傾向がみられた。
  • 尾崎 由利子
    p. 000019
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    1 課題の所在と研究の目的 都市の中心部における居住を示す「都心居住」は、日本においては1970年代後半から都市計画等の分野で用いられた用語であるが、この言葉が、実際の都市中心部の人口増として顕著にあらわれてきたのは1990年代である。 都市中心部における人口増の理由と来住者の性質について、欧米のインナーエリアについては地代ギャップの存在とジェントリファイアと続く人々の流入※2、また日本の都市では、バブル崩壊後のマンション増加と、東京にみられる単身者や熟年夫婦の流入を指摘する研究などがある。※3 しかし、都市中心部に居住しようとする人が実際どのような人々で、今後どのような定住あるいは移動をするのかについては、さらに研究の必要があると考えられる。また、都心中心部でのマンションの増加は東京と大阪以外の多くの都市以外でもみられる現象であり、それぞれの都市においても都市中心部の人口増加について検証が必要であると考えられる。 そこで、本研究では名古屋都市圏を対象に1990年代特にバブル崩壊後に都心周辺部において増加した居住者の性質と移動履歴を明らかにすることを目的に研究を行った。2 研究の対象と方法 本研究の対象地域として、名古屋都市圏の都心周辺部より12学区(3地区)を選び、下記のデータでシフトシェア分析及び年齢コーホート人口移動分析を行った。  分析対象 分析データ  ※4  (1)人口移動の変化 住民基本台帳・転出転入者数  (2)コーホート別人口変化 住民基本台帳・年齢層別人口  (3)居住する住居の種類 国勢調査・住宅の建て方別人口  (4)新居住者の性質 マンション居住者アンケート 3 都心周辺部への定住 90年代後半の人口移動 対象地区は、20代前後の若年層の流入が非常に多く、その後、30代前後で市外など郊外方向へ転出していく都心周辺部に典型的な人口移動パターンを示していたが、1990年代後半には、市外と外縁部の郊外方向への移動量が減少し、都心周辺部の地区に留まる傾向があらわれた。20代後半から30代の市外への転出は減少し、市外との社会増はマイナスがプラスに転じた。この結果、対象地区の人口は増加あるいは横ばいになったといえる。4 都心周辺部の中高層住宅地化 都心周辺部に30代前後の居住者が得た住まいは、多くは中高層マンションであると考えられる。対象地区は戦前及び戦後直後に開発された低層住宅と店舗及び中小の事業所が立ち並ぶ地域であったが、1990年代に中高層住宅の建築が増加した。マンションが建設された場所は、この地区に残っていた長屋建てまたは町屋タイプの住宅や事業所の建物だった土地が少なくない。対象地区の変遷の概要戦前・戦後直後 1980年代 1990年代耕地整理・区画整理    → 容積率増加・交通整備 → 地価の下落住宅地化・一部工業地化 中高層化・事業所ビル化 低層住宅等がマンション化5 まとめ 本研究で得た知見によると、1990年代後半の名古屋の都心周辺部の人口増の理由は、従来郊外方向に転出していた20代後半から40代前半の人の都心周辺部での定住である。郊外方向へ転出せずに都心周辺部に住居を得た人の住居は多くは中高層マンションであり、これらの人はマンションを定住地として、これからも住み続けようと考えているのである。※1 本研究は名城大学・都市情報学研究科修士論文(2001年1月提出)の第2章と第3章の一部を加筆・訂正したものである。※2 Smith N. , 1986, Gentrification of the city, ed. Neil Smith and Peter Williams, Allen & Unwin※3 富田和暁「大都市圏における最近の変容に関する若干の考察」2002.3,都市圏研究部会※4 住民基本台帳と実居住者数の差は1%弱(2001筆者名古屋市調査) 金子2001「国勢調査人口・住民基本台帳人口の一致性」では高齢層・若年層に差が大きいとされる
  • 尾方 隆幸, 湯本 学
    p. 000020
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    1. 研究の目的湯川は,奥日光の湯滝から竜頭ノ滝までの約7kmを流れる山地河川であり,その中流部で戦場ヶ原の湿原の中を蛇行し,自然堤防を形成する.河川氾濫と堆積作用の頻度は,湿原の景観形成に大きく影響すると予想される.発表者は,2000年から戦場ヶ原の景観変化に関する野外調査を行っており,その結果の一部については既に発表した(尾方 2002).本発表では,湯川の地形形成作用が戦場ヶ原の景観変化に及ぼす影響について考察する.2. 調査地域および調査方法地形的に湯川は4つの区間に分けられる(上流から順に区間_I_,区間_II_,区間_III_,区間_IV_とする).上流部の区間_I_および下流部の区間_IV_では,湯滝や竜頭ノ滝を形成した火山性の堆積物中を流れる.中流部の区間_II_・_III_では戦場ヶ原の湿地堆積物中を流れ,区間_II_では蛇行が著しい.区間_III_では左岸に戦場ヶ原が広がるが,右岸には火山性堆積物が分布する. 発表者らはまず,自然堤防が形成される区間において,微地形と地表面に観察される新鮮な河成堆積物の分布の確認を行った.その結果を踏まえて区間_III_の左岸(標高約1,390m)に測線を設定し,微地形のレベル測量,検土杖とハンドオーガーによる堆積物の観察と記載を行った.また,氾濫の規模と堆積作用の頻度について考察するため,1944_から_2002年のアメダスデータを検討した. 3. 結果および考察測線上には 3つの堆積面(高位から順に堤防_I_面,堤防_II_面,堤防_III_面とする)があることがわかった.堤防_III_面の植被度は低いが,堤防_I_・_II_面にはシラカンバ・カラマツ・ズミ・ミヤコザサなどが生育し,拠水林が形成されている.堤防_I_面と湿原との漸移帯にはホザキシモツケが侵入し,谷地坊主が発達する湿原へと移行する.河床との比高は,堤防_I_面で約2.5m,堤防_II_面で約2.0mである.堤防_I_面から後背湿地にあたる湿原にかけては緩く傾斜する.河床および自然堤防は主に砂・シルトで構成されており,礫はほとんどみられない.堤防_I_・_II_面では,堆積物中から風成のFP(榛名山二ツ岳軽石:1.4kyr B.P.)が確認され,その深度から自然堤防の平均堆積速度は1mm/yr程度と推定された.最近では,2001年8月22日の台風11号,同年9月10日の台風15号による降雨時に,アメダス観測地点(日光:標高1,292m)でそれぞれ358.0mm,475.0mmの日降水量を記録し,堤防_II_・_III_面への新たな堆積作用が確認された.堤防_III_面での堆積作用はほぼ毎年生じるが,堤防_II_面への堆積作用をもたらす規模の氾濫には,350mm程度の日降水量が必要と推察される.350mm以上の日降水量は1944_から_2002年に9回記録されており,数年_から_数十年に一度の頻度で氾濫が堤防_II_面に及ぶと考えられる.しかし,堤防_I_面,さらには後背湿地にあたる湿原への河川運搬物質の流入は,多くても数十年に一度しか生じないと考えられる.さらに,風成のFPの存在とその深度からも河道の変化は活発でないと推察され,河川氾濫が湿原に及ぼす影響は,区間_III_においてはそれほど大きくないといえる.今後,湯川の地形形成が湿原に及ぼす影響をより詳細に明らかにするためには,蛇行と河道の変化が激しい区間_II_の堆積プロセス,および区間_II__から__IV_の下刻作用と基準面の低下に伴う地下水の流出プロセスを検討する必要がある. 文 献尾方隆幸 2002.日光戦場ヶ原における移行帯の植生分布と地形・水文条件.日本地理学会発表要旨集 61: 218.
  • 湯本 学, 尾方 隆幸
    p. 000021
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    1. 研究の目的奥日光・戦場ヶ原を流れる湯川は,冬季に季節凍土層を形成する寒冷な地域にあるため,河岸の侵食プロセスに凍結融解作用が大きく影響している可能性がある.本研究では,凍結融解作用が湯川の河岸侵食にどのように関係,影響しているかを明らかにすることを目的とする.2. 調査地域研究対象地点の右岸は軽石流堆積物からなる丘陵に面する.左岸側には自然堤防が形成され,砂・シルトが主な構成物質となり,ホザキシモツケや十数種の草本が生育している.自然堤防の前面には現河床面からの比高1m未満の侵食崖が存在するが,その横断面形状を見ると水面付近の下部が窪地,上部は庇形状となっている.その庇部分にのみ植生が見られる.湯川の水深は浅く,また砂床となっていて礫サイズの岩屑がほとんど見られない.そのため流水の持つ水力作用・研磨作用などの影響は小さいと考えられる.3. 調査方法発表者らは湯川中流域の左岸に観測点をおき,凍結融解期間における侵食崖の横断面形状,水位,凍結深,土壌硬度計による土壌硬度,含水比,および崩落土砂量の計測を2002年1月以降1週間ごとに行い,河岸侵食と凍結融解作用の状態を調査した.また侵食崖表面の地温観測をデータロガ_-_によって1時間間隔で行った.凍結融解期間後も夏季の台風の通過などによる増水に伴う河岸侵食への影響を継続して調査した.4. 結果および考察横断面形状の計測の結果,1月から3月上旬までは霜柱の形成や凍上による表面物質の粒子単位でのわずかな変化が生じたのみで,大きな侵食は生じなかった.この期間中,侵食崖表面での地温は常時0℃以下を示し,日周期性凍結融解作用はほとんど生じていないと考えられる.なお凍土層は水平方向に深度40cm以上形成されていた.3月中旬から4月上旬にかけて侵食崖の形状は大きく変化した.凍土・霜柱の融解,そして土塊の崩落が確認された.地温観測の結果から,3月12_から_29日にかけて日周期性凍結融解作用が生じたと思われる.この期間には凍結融解作用による崩落と,それに伴う河岸侵食が生じたと考えられる.3月30日以降,地温は0℃を完全に上回った.しかし土塊の崩落はその後も続き,4月上旬まで確認された.その崩落した物質の大部分は侵食崖の水面直下に堆積した.また融雪による増水は急激には生じず,水位は徐々に上昇した.そのために融雪出水による侵食はそれほど顕著には生じなかった.しかし3月29_から_30日にかけての降雨による急激な水位上昇の結果,融解時の表面物質の運搬が生じた.なお年周期性の季節凍土層は4月下旬に完全に融解した.凍結融解期間後には,梅雨や夏季の台風による増水によって表面物質の運搬が確認され,横断面形状にも変化が見られた.しかし融解期の変化と比較するとその量はやや小さかった.一方,自然堤防上には洪水による新たな堆積作用が生じ,さらに河岸近傍の水面下でも堆積が生じた.以上の結果から,湯川においては季節凍土融解時の侵食崖表面物質の崩落や軟弱化による侵食抵抗力の低下が,河岸侵食に大きく影響したことが明らかである.顕著な融雪出水は起こらなかったが,徐々に上昇した水位は軟弱化した表面物質を運搬したと考えられる.また夏季の洪水の影響と比較しても,凍結融解作用は湯川での河岸侵食に大きく影響すると考えられる.
  • 村田 陽平, 谷畑 健生
    p. 000022
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
    会議録・要旨集 フリー
    本研究は,日本の公共空間における分煙化の遅れを,たばこ広告の表象と男性のジェンダーの関係性に注目して検討するものである.日本においてたばこの煙が問題となったのは,1980年代に電車車両の分煙化を求めた嫌煙権訴訟以降のことといってよい.この裁判の結果,禁煙車が大幅に増加するととともに,その後大規模企業や官公庁などにおける分煙化が実現するようになった.しかし,他の「先進国」と比べると,全体的な公共空間の進展は必ずしも十分ではない.そこで本研究では,その阻害理由の一つとして日本人男性の喫煙率の高さに注目する.最近の調査によれば,「先進国」の喫煙率は男女ともに約20%であるのに対して,日本では男性約50%・女性約10%というジェンダー格差が報告されている.本研究では,この日本人男性の喫煙率に注目し,たばこ広告が,少なからず日本人男性に喫煙行為を促しているのではないかという仮説のもと,最近の日本のたばこ広告を定性的に分析する.従来のジェンダーの視点からのメディア研究においては,広告がもつ人々のジェンダーアイデンティティ形成のインパクトを検討してきた.たばこ広告も,単なる商品の紹介という役割のみならず,少なからず,男性のジェンダーアイデンティティに関連する役割を果たしていると考えられる.
    具体的な資料は,1987年から2000年に一般雑誌に掲載された「たばこ広告」を収集したものである.それらの広告に描かれた言語的および図像的意味を分類し分析を行った.その結果,たばこ広告にみられる典型的な特徴として,主に次の3点 1)「自然」の強調 2)「男らしさ」の強調 3)「西洋」の強調 が抽出された.1点目の「自然の強調」は,空(青色)や山(緑色),雪(白色)といった鮮やかな原色を用いて,自然を表象する広告である(MILD SEVEN,Salem,KENT,KOOL,CABINなど).ここでは,たばこのイメージを自然に融合化させているといってよい.一方,たばこの多くのフィルターは化学製品であり,自然には消滅しない物質が使われている.また山火事の一つの原因としてのたばこは従来から問題視されており,必ずしもたばこと自然が「美しく」「クリーン」に共存しているとはいえない.このような矛盾があるにもかかわらず,自然を強調するのは,喫煙行為の「自然性」を暗黙に訴えかけている側面は否めない.2点目の特徴としては「男らしさ」の強調である.とりわけ「HOPE」「ネクスト」の広告にみられるように,「男性の呟き」「男性の力の誇示」という表象が,繰り返し用いられている.また,たばこに関するマナー広告においても,喫煙者に公共空間における喫煙マナーを促す一方,男性の喫煙自体の肯定的表象においてはさまざまな「男らしさ」に関わるレトリックが使用されている.3点目の「西洋」的特徴は,1点目の「自然」や2点目の「男らしさ」を組み込みながら強調されている.たばこ広告では,日本人男性に比べて白人男性の登場率が高く,さらにそれが自然な風景とともに描かれていることが多い.例えば,開拓使的な風景のなかで馬に乗る白人男性(Marlboro),プラットホームで語らうスーツ姿2人の白人男性(CASTER),サーフボードを抱えた半裸の白人男性(LARK),オープンカーにのる髭面の白人男性(LUCKY STRIKE),サングラスで皮ジャンの白人男性(Valiant)などである.白人女性の登場するたばこ広告(VIRGINIA SLIMS, Salem ピアニッシモなど)では,喫煙のもつ負のイメージ(匂い・健康)などを払拭することに主眼があり,「自然」はほとんど強調されていないことから,「白人男性=自然」という側面の強調が確認される.ただし,ここで注意したいのは,白人男性の喫煙率は,日本人男性に比べて高いわけではないにもかかわらず,白人男性が頻繁に登場している点である.これは,喫煙という行為を西洋化することで,男性の理想像としてのさらなる価値付けをしている側面は否めない.
    以上の分析を通じて,たばこ広告は,「自然」「男らしさ」「西洋」という三つの要素を活用していることが理解される.その結果,日本人男性の喫煙行為に,「西洋的で自然な男らしさ」の肯定的なイメージを付与していると考えられるのである.このような広告によって,喫煙行為が,「健康」や「有害」などたばこの対抗概念を払拭する強さで男性に身体化されることで,現実的に男性同士のコミュニケーションに有用な役割を果たしている点や,男性のパーソナルスペースの確保に繋がっている点は否めない.公共空間における分煙化という「文化的」施策と,たばこ広告にみられる男性というジェンダーの「自然性」の強調は,拮抗する関係にあるともいえるのである.
  • 加藤 広隆, 春山 成子
    p. 000023
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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     インドネシア・中部ジャワに位置するボロブドゥール平野は、メラピ山をはじめとする活発な火山群や、世界最大のボロブドゥール仏教寺院などの遺跡が多数散在する。ボロブドゥール寺院が、1016年のメラピ山噴火により埋没したという問題について、文献資料や考古学資料以外に、地形学の面から考察を行った。そこで、ボロブドゥール平野について、1.プロゴ川流域を中心とした地形分類図を作成し、地形要素を把握した。2.研究地域の表層堆積物が、メラピ山噴火に起因する一次堆積物であるか、洪水などによる二次堆積物であるのか分類した。さらに、3.ボロブドゥール寺院付近の平野面まで、噴火が直接影響を与えたのかという点を明らかにした。 本研究は、以下の方法で行った。1.プロゴ川の流量データや周辺地域の雨量データを集計し、一般的な自然環境を把握した。2.地形図(1/50,000および1/25万縮尺)の読図参照と現地調査を行い、ボロブドゥール平野の地形分類図を作成し、地形発達史および地形特性を把握した。3.メラピ山の火山活動報告や災害危険図をまとめ、過去の自然災害史(火山噴火史・洪水史等)と特性を把握した。 ボロブドゥール平野の地形特性については、次の点が確認された。1.プロゴ川およびエロ川を境に、東部はメラピ山の火山山麓扇状地、西部は沖積平野、南西部はメノーラ山地斜面に分類できた。2.平野を構成する堆積物は、周囲の完新世火山起源の直接降下堆積およびその二次堆積物である。東部メラピ山山麓扇状地については、1.表層地質は、メラピ山の火山性河成堆積物だが、ラハールやバンジールによる土砂供給が卓越(安山岩質砂礫層)している、2.扇状地末端面(プロゴ川付近)では火山性河成堆積物が湖成層および古メラピ山堆積層の上に堆積している、ことがわかった。一方、西部沖積平野については、1.表層地質は、周囲の完新世火山起源の一次堆積物およびその二次堆積物である、2.現地表下約10m以下に湖成層(河成二次堆積物)が存在している、3.東部地域で見られる安山岩質砂礫層はほとんど存在しない、4.プロゴ川流域には氾濫原は形成されず、河道内に段丘が形成されている、ことがわかった。 ボロブドゥール平野は、プロゴ川とエロ川を境に、砂礫質の火山山麓扇状地とローム質の沖積平野に分類できることがわかった。各々の表層地質のメラピ火山噴出物は、古メラピ山基盤層や湖成層の上に堆積している。メラピ山のラハールやバンジールは、プロゴ川以西に及ぶことはほとんどないと考えられ、ボロブドゥール寺院の位置する丘陵へもその影響は及ばない。平野の表層に、甚大な被害を及ぼすような、厚くかつ明瞭な、火山噴出物の一次堆積層は確認されなかった。つまり、メラピ山の噴火(1016年)は、直接、ボロブドゥール寺院の埋没には、関係していないといえる。
  • 岩崎 亘典, スプレイグ デビッド
    p. 000024
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
     伝統的な農業形態の中で,森林や草地は肥料や生活資材の供給源として重要な意味を持っていた(守山 1997).
     茨城県の稲敷台地は,小椋(1996)が指摘しているように,明治初期には広大な草地が見られた地域であった.しかし,これらの草地はほとんど現存せず,加えて明治期に開墾などにより畑地などに転用された事が知られている.さらに,「茨城縣肥料經濟調査」(茨城縣農會 1915)には「山林原野ノ開墾セラルヽト共ニ自給肥料ヲ採取スルコト事困難ニシテ自家ニ必要ナル分量ヲ集積スルコト能アタワサルコト」と記述されており,森林・草地の開墾にともなう肥料供給量の減少が,農業経営上の問題とされていたことが読みとれる.
     そこで本研究では,茨城縣稲敷郡の旧阿見村を対象として,明治期の土地利用変化を文献資料および迅速測図より把握し,それに伴う自給肥料の生産量の変化を推定する.

    2.研究方法
     本研究では,大正三年に発行された「稲敷郡阿見村村是」(阿見町史編さん委員会,1979)を用いて,1910年代の旧阿見村における土地利用面積および肥料生産量および消費量を把握した.
     明治初期の土地利用ついては,迅速測図の復刻版である「明治前期手書彩色関東実測図」(迅速測図原図復刻版編集委員会 1991)の「茨城縣常陸国信太郡荒川沖村」,「茨城縣常陸国新治郡土浦信太郡大岩田村」,「茨城縣常陸国信太郡若栗村竹来村」の3枚をArc/Infoをもちいてベクトルデータ化し把握した.なお,土地利用変化の空間的分布を把握するために,大正10年発行の1/5万旧版地形図「土浦」を補足資料として用いた.自給肥料の生産量については,「阿見村村是」の肥料生産量より森林・草地の面積当たりの肥料生産量を算出し,迅速測図より復元した土地利用より肥料生産量を推定した.また,「茨城縣肥料經濟調査」(茨城縣農會 1915)に基づき,農地に投入される窒素,リン酸,カリの量を求めた.

    3.旧阿見村における土地利用変化
     迅速測図の発行された1880年代と,「阿見村村是」の発行された1910年代の土地利用を表1に示す.肥料の供給源である樹林地と草地に注目すると,樹林地面積はほぼ同じであるが,草地の面積は1880年代において1910年代の約10倍,面積にして400 ha以上多かった.一方,肥料の消費地である畑と水田に注目すると,水田は1880年代においてわずかに多かったが,畑・果樹園は1910年代で256 ha多く,1880年代の約1.6倍であった.また,迅速測図と旧版地形図との間を比較すると,1910年代に畑として利用されている地域の約40%が1880年代には草地として利用されている地域であった.すなわち,旧阿見村においては,明治期を通して草地を中心とした開墾が進み,草地の減少と畑の増加が起きたと考えられる.

    4.肥料生産量および消費量の変化
     1880年代および単位面積当たりの肥料生産量より推定された1910年代の肥料生産量と窒素,リン酸,カリに換算した場合の単位面積当たりの投入量を表2に示す.1880年代の自給肥料生産量は5580.6 tonと推定された.これは1910年代の堆肥・厩肥の生産量の約2倍であった.さらに,農地10a当たりの肥料供給量に換算した場合,1880年代には760.7 kgと推定され,1910年代の293.1 kgの約2.6倍であった.すなわち,1880年代には,1910年代に比べ,肥料の供給源である森林・草地が広いため自給肥料の生産量が多く,さらに消費先である田・畑が少なかったため,単位面積当たりの肥料供給量が多かったと推定された.
     また,単位面積当たりの窒素,リン酸,カリの投入量(kg/10a)をみると1910年代の最大投入量がそれぞれ1.48,2.42,2.41,1880年代の最小投入量が1.37,2.37,3.37であり,大きな違いは認められなかった.すなわち,明治初期の旧阿見村においては,山林・草地を利用した自給的な農業が可能であったと考えられる.
  • 田上 善夫
    p. 000025
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
    会議録・要旨集 フリー
    _I_ 風の神,水の神などの祭祀 風祭では鎮風・鎮水や五穀豊穣が祈願され,農耕祭祀の性格が示される。また水や岩の信仰にもとづく観音や不動などへの祈願には風祭でのそれと類似する内容が含まれ,これらの多い地域では風祭が少ない傾向がある。ところで,風祭は山麓や谷などで行われることが多く,山の神との習合もいわれ,周辺山地とのかかわりが深い。こうした立地の特色はその起源や機能などに結びついており,類似の立地を示す社寺にも風の祭祀とのかかわりのあるものと考えられる。以下では全国の社寺立地の相異,およびそれぞれの成立に至る経緯とその後の変容より,それらと風祭とのかかわりについて明らかにする。_II_ 社寺にみられる立地傾向の差異 寺院は山号をもち参道には高い石段が多いなど,高所に建立されるものが多い(図1)。さらに神社は寺院より急傾斜地に立地することが多い。とりわけ金比羅,熊野,白山,日吉社など,山と関係の深い神社は急傾斜地に多い。寺院の中にも急傾斜地に立地するものがあり,とくに不動,観音はその傾向が顕著である。これらには岩壁への懸造りなど,特有の建築もみられる。_III_ 観音と地方霊場の形成 観音や不動は滝や岩窟などに祀られることが多く,そこは修行の場でもあった。近世以降には新西国,新四国などとして,これらの霊場が全国各地に開かれた。たとえば富山県では朴坂峠越え,中筋往来,倶利伽羅,氷見,高岡,一国観音,同四国霊場などがある。全国では新西国は中世以降,新四国は近世以降,不動は近代に開かれたものが多い。諸新西国霊場では本尊はほとんど観音であるが,諸新四国霊場では阿弥陀が最多で,観音,薬師,不動,地蔵と続く(図2)。また宗派は新西国では禅系が最多で真言が続くが,新四国は真言系が最多で禅,浄土寺院も多い(図3)。_IV_ 霊場化と風祭とのかかわり 後世の写しといわれる地方霊場には,西国・四国霊場とは異なる点も多い(図4)。たとえば,札所数は三十三などの聖数とは限らず,観音霊場も南方補陀落浄土を指向せず,発願地から結願地まで巡廻せずに配列される,などである。霊場は,島,半島,盆地,国などにあり,さまざまなスケールでの地域的まとまりを示す。こうした霊場に多い宗派も霊場形成以前の成立であり,教義も霊場と直接かかわらない。これらの宗派では本尊は特定されないことから,旧来の信仰対象が本尊として残されたものと考えられる。 霊場寺院は山地周辺に多くみられ,かつそこに神社が隣接することが多く,修行の場となる以前より神を祀る場であったと考えられる。しかし自在に現れる神に対して,その地に安置された仏像は,巡礼する対象として相応しい。こうした諸尊の受容やその後の変容は各地においてさまざまであるが,霊場の密集する地域では寺院が主対象となるため,神社での風の祭祀にも影響したものと考えられる。
  • 根来 武志, 宇野 剛, 田畑 弾, 山川 修治
    p. 000026
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
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    首都圏において、戦後の近代化(都市化)とともに、気温が人為的な影響を受ける都市気候と呼ばれる現象が確認され始め、その中でも代表的なものがヒートアイランド現象(HI)である。HIは都市の大小に関係なくすべての都市で発現していることが確認されている。本研究では、HIの指標となる気温や降水などの気候要素の分布の要因となっている気圧配置型がHIと関わりがあるのではないかと考え、HIと気圧配置型との関係について研究した。研究には4要素AMeDAS観測地点の日最低気温データ(1991~2000)を用い、都心部を東京(大手町)、郊外をその周辺の地点とし、ヒートアイランド強度(HII)を以下のように定義した。HII=〔東京(大手町)の日最低気温〕_-_〔郊外の日最低気温〕HIIは郊外の値の信頼性から1地点ではなく、府中、青梅、海老名、鳩山、我孫子、久喜、佐倉の7地点の平均を用い気圧配置型別に集計した。気圧配置型に関しては、気圧配置ごよみを利用した。その結果、HIIはどの気圧配置型においても夏よりも春、秋に強くさらに春、秋よりも冬に強く、1年間を通して関東平野が移動性高気圧に覆われている_III_b型(日本列島上、主として本州上を東進)、_III_c型(帯状高気圧)、_III_d型(日本の太平洋岸または南方を東進)が強いHIIを示していた。これは_III_b型、_III_c型、_III_d型は夜間低温という気候特性があるためだと考えられる。以上のことからHIが移動性高気圧に覆われた日に出現するという河村(1977)の指摘を立証している。他には、_I_型(西高東低冬型),V型(南高北低夏型),_II_a型(気圧の谷・低気圧北海道付近)で強く現れている。これらは共に各季節を代表する気圧配置型で冬の_I_型は乾燥晴天、夏の_V_型は高温晴天という気候特性があるためにHIが強く起こると考えられる。参考文献:河村 武 1977「都市気候の分布の実態」 気象研究ノート,(133),26-47.
  • 寺園 淳子
    p. 000027
    発行日: 2003年
    公開日: 2003/04/29
    会議録・要旨集 フリー
    1.はじめに
    近年大都市近郊においては,都市圏の拡大に伴う土地改変により台地・丘陵地の水環境の劣化を招いている.対する根本的な解決策や人間活動のあり方を考える際に,人間活動の蓄積による水質変化に関する系統的理解が必要となる.
    本研究は,首都圏近郊の台地における地表面の面源負荷による湧水水質の実態について,明らかにした.

    2.調査地域
    研究対象地域は近年の都市化によって台地上で大幅な土地利用変化が生じている千葉県の下総台地北西部である.
    本地域は標高15~30mの台地面と樹枝状に入る谷の沖積低地(標高2~9m)からなり,両者は急斜面で接する.台地面は,北部は下総下位面,南部は下総上位面に区分され(杉原1970),緩く北方へ傾く.上位面と下位面の標高差は3~5mほどであり緩斜面で接する.三谷・下総台地研究グループ(1996)が指摘する坂川‐手賀沼構造帯も地域内に存在する.
    湧水は上記の谷沿いに見られるが,湧水地点の高度および台地面との比高は多様である.台地の地層は下位より上岩橋層・木下層・常総粘土層(北部では中位~下位に龍ヶ崎砂層が分布)・武蔵野/立川ローム層となり,湧水の帯水層は武蔵野ローム層下部,龍ヶ崎砂層,木下層上部砂層である.

    3.調査方法
    採水・水質分析
    台地上の土地利用が多様でかつ空間的に均質になるように66地点で湧水を採水し(2002年7月),そのうち22地点に関して1ヶ月に1回の頻度で(2002年5~8月)採水した.採水時に水温・EC・pHとpH4.8アルカリ度を,実験室でNa+・K+・Ca2+・Mg2+・Cl-・NO3-・SO42-の主要無機イオン濃度およびSiO2濃度を測定した.
    地質・集水域土地利用解析
    都市計画基本図と地形図から湧水地点の標高,台地面との比高を計測した.また,過去の地形図から各湧水の地形的分水界を設定し,国土地理院(1994)発行の細密数値情報(10mメッシュ土地利用)を用いて集水域土地利用を解析した.

    4.結果と考察
    地下水流下によって与えられる水質
    比高が増加するにしたがって各水質項目の増加傾向があり(Fig.1),比高と集水域土地利用構成の関係に特別な傾向はないことから,地下水の流下に伴う水質の付加効果が考えられた.この水質は基底水質と呼ぶことができる.
    Fig.1 湧水地点における台地面との比高と電気伝導度の関係

    集水域土地利用によって与えられる水質
    各湧水について計算された上記の基底水質を除いた値を地質以外からの付加水質と捉えると,特徴的な集水域土地利用との間に一定の対応関係が見出された(Fig.2).
    Fig.2土地利用類型と付加水質との対応関係
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