抄録
■ はじめに ■ 岐阜県西部の根尾谷沿いには,1891年濃尾地震(M=8.0)の際に活動し,最大左横ずれ変位7.4 mにもおよぶ地表地震断層を出現させた根尾谷断層の存在が知られる.この断層については,数多くのトレンチ調査が実施されているほか(粟田ほか 1999,など),部分的には詳しい変位地形の記載が行われている(岡田・松田 1992).しかし,根尾谷全域にわたる河成段丘の対比・編年に基づいた詳細な変位地形の記載はこれまで行われておらず,10万年オーダーの長期間における変位速度についても明らかになっていなかった.そこで本研究では,根尾谷全域(根尾川-根尾西谷川)についての詳細な空中写真判読,現地地形・地質調査,測量調査等を実施し,河成段丘の対比・編年および変位地形の記載を行った.また,その結果に基づき,根尾谷断層の変位速度,活動間隔について考察を行う.■ 河成段丘の対比と編年 ■ 本研究では,現河床からの比高,面の分布形態,開析度,構成層・被覆層の層相などに基づき,根尾谷沿いの河成段丘をH面,M1-2面,L1-3面の計6面に大きく区分した.いずれも本流性礫層の一般的な層厚は1-3 mと薄く,ストラス段丘の様相を呈する.図1にこのうちH,M1,L1面の縦断面図を示す.また,面の分布形態,赤色化土壌の有無,14C年代値などに基づき,各面の離水年代を以下のように推定した.H面(140-160 ka:MIS 6;赤色化土壌,分布形態),M1面(50-60 ka:MIS 4-3;本流性礫層直上から48000±660 y.B.P.および48560±690 y.B.P.(約50000 cal. y.B.P.)の木片年代),M2面(20-50 ka:MIS 3-2;M1とL1の間),L1面(17-20 ka:MIS 2;分布形態=下流域で沖積面下に埋没,本流性礫層直上から14470±200 y.B.P. (16674-18026 cal. y.B.P.)の木片年代(岡田・松田 1992)),L2面(10-17 ka:MIS 2;分布形態=L1面を浅く削る),L3面(-10 ka:沖積段丘面;分布形態).■ 断層変位地形 ■ 空中写真判読,現地調査により断層変位地形の抽出を行った.また,上下変位のある部分については断面測量を行い,上下変位量を見積もった.明瞭な開析谷の横ずれについては,大縮尺地形図(1:2000-1:5000)を用いて横ずれ量を見積もった.■ 考察 ■ 濃尾地震時の最大横ずれ変位区間(門脇-神所,6.0-7.4 m)において,H,M1,L1面を開析する谷の横ずれ量と各面の推定離水年代を基に,根尾谷断層の変位速度を推定した(図2).その結果から,根尾谷断層は,少なくとも最近約15万年間については,1.4±0.2 mm/yrのほぼ等速度で活動してきたことが推定される.characteristicな挙動を仮定すれば,活動間隔は約4800年(約3700-6200年)と求められる.一方,上下方向の変位速度は,0-0.82 mm/yrで,変位センスは走向に沿って複雑に変化する.能郷および水鳥における地震時の上下変位量とL1面の上下変位量から,L1面離水以降(17-20 ka以降)のイベント数を上記と同様に推定すると,いずれも3-4回の値が得られ,これは上記の活動間隔と矛盾しない.これに対し,粟田ほか(1999)が門脇におけるトレンチ調査から推定した完新世後期における活動間隔は約2700年であり,地形から求められる活動間隔より有意に短い.この相違の原因については,今後検討の必要がある.謝辞 本調査に際して,京都大学大学院理学研究科の岡田篤正教授および井上 勉氏には大変お世話になりました.また,本研究は,文部科学省科学研究費補助金(特別研究員奨励費)の援助を受けました.引用文献 粟田ほか 1999,地質調査所速報 EQ/99/3:115-130;岡田・松田 1992,地学雑誌 101:19-37.
