抄録
1.はじめに 中山間地域においては農産物価格の低迷に加え,耕作者の高齢化により急速に耕作放棄が進んでいる。中山間地域における耕作放棄地の増加は単に農地面積の減少による農業生産力の低下にとどまらず,周辺農地への連鎖的耕作放棄を促し,集落単位で営農意欲を低下させる傾向にある。また,中山間地域における耕作放棄地の増加は農業の持つ多面的機能を低下させる要因となり,その影響は中山間地域外にも波及することとなる。このような状況に対して,農林水産省では2000年度より中山間地域等直接支払制度を導入し,耕作放棄地の発生をくい止める努力をしている。同制度の期限は2004年度であり,同制度の評価と次期対策のあるべき姿をさぐる上でも中山間地域における耕作放棄地に関する研究は必要不可欠である。 これまで,耕作放棄地に関する研究は農業経済学や地理学の分野でもある程度行われてきた。特に,農業経済学では地域農業経営を評価する枠組みの中で,小規模農家による労働力不足から耕作放棄に至る過程を描き出した研究などがみられる(長濱,2003)。また,地理学では土地利用の動態的把握の一環として捉えようとする傾向が強く,耕作放棄地そのものを対象にした研究は必ずしも多くない。その背景には農地の分布を示す地図自体が少なく,耕作放棄地の分布を面的に把握することが困難であったことがあげられる。 しかし,近年では中山間地域においても地図のデジタル化が進むとともにGISの普及により,農地地図もデジタル管理がはじまりつつある。それにともない耕作放棄地の分布も正確に把握できるようになった。 そこで,本研究では耕作放棄地の分布を把握するとともに,その発生要因を属地的側面と属人的側面から解明することを目的とする。2.研究対象地域と研究方法 研究対象地域として過疎化の進行が著しい島根県邑智郡羽須美村をとりあげた。同村では2000年度より地籍図のデジタル化事業を進めており,本研究を行うための条件が整っていると考えた。 研究の方法は_丸1_デジタル地籍図の解析,_丸2_属地調査(農地の土地利用調査),_丸3_属人調査(農家への訪問聞き取り調査)の3つに分類される。なお,現地調査については同村の雪田地区(3集落),宇都井地区(2集落)で63世帯に対して聞き取り調査を実施した。3.研究の結果(1)耕作放棄地の分布: デジタル地籍図を解析した結果,耕作放棄地は居住地背後にある谷奥や尾根部分に多く広がっていることが明らかになった。これらには,戦後の増産時期に開墾した土地も多く含まれている。それらの土地は既に耕作放棄してから20_から_30年程度経過しており,既に現地調査や空中写真によっては確認できず,デジタル地籍図の利用意義が確認された。(2)耕作放棄地の発生時期: 研究対象地域における耕作放棄は挙家離村が進んだ1960年代後半から1970年代前半にかけてと,1990年代以降の2段階に分かれていることが明らかになった。これはデジタル地籍図に地籍所有者名等の若干の属性データが含まれていることから明らかになったものである。それによれば,地籍上の耕作放棄地所有者はかつて転出した者である例が多くみられた。また,近年の耕作放棄は高齢化による耕作の限界や世帯の自然減少により発生したものが多かった。(3)耕作放棄地発生の属地的要因: 耕作放棄地が多く発生している地点は急傾斜地や細長い谷奥など地形条件の悪い地点で散見された。これは日照時間等耕作条件の悪さや,農道・農地の未整備によるものと推測される。また,既存の耕作放棄地が周囲の農家や農地に影響を与え,連鎖的に耕作放棄を誘発させた地点もみられた。(4)耕作放棄地発生の属人的要因: 大きく3点が要因としてあげられる。第1は農業従事者の兼業化や転出者の帰省等による耕作援助の有無など,農家世帯の世帯経済や世帯構成によるものである。第2に,農業を継続する目的意識の無さや営農意欲の低下といった農家の農業に対する意識による点である。第3は耕作放棄そのものに対する危機意識の低さがあげられた。<文献>長濱健一郎(2003):『地域資源管理の主体形成』日本経済評論社.