日本地理学会発表要旨集
2004年度日本地理学会秋季学術大会
会議情報

北カリフォルニアの地学的特徴と遺伝子情報にもとづいたレッドウッドの分布成立に関する研究
*小橋 寿美子藤井 紀行堀  信行
著者情報
会議録・要旨集 フリー

p. 5

詳細
抄録

レッドウッ(Sequoiasempervirens、スギ科)は、樹齢2000年を超え樹高100メートル以上になる世界で最も高くなる針葉樹で、北米西部の海岸線にそって帯状に分布する世界でこの地域にしかない固有種である。氾濫原では純林を形成し、そしてその背後の尾根へと異なる環境下でも生育可能だ。分布がこの地域に限定される理由として、夏季に発生するこの地域特有の霧の存在や土壌のタイプの違いによって説明されてきた。しかしレッドウッドの分布と霧の分布が一致しなかったり、分布域にはさまざまな土壌のタイプが存在することから、レッドウッドの分布が何によって規定されているのかわかっていない。北カリフォルニア海岸地域は沖合いにあるプレートの沈み込み帯の存在のために隆起・沈降、地震など地殻変動が激しい特徴をもち、南東_-_北西方向に走行する断層に並行した河川が複数存在し、流路変動の過去を持つものが多くある。湿潤を好むレッドウッドにとって河川の存在は重要で谷底は好環境であり、洪水によって供給される無機質土壌とそのたまり場としての氾濫原はレッドウッドの更新に必要なものである。これまで河川とレッドウッドの更新方法(更新は攪乱と密接な関係があること)の関係と北カリフォルニアの地学的特徴に注目して帯状分布を考察すると、この地域の激しい更新世の地殻変動による隆起とそれに伴う河道の動態に密接に関連していることが推測された。そして「レッドウッドの帯状分布は,旧流路の氾濫原をあらわす。」という仮説を提示し、よって現在の帯状分布は、河川堆積物で構成される表層地質の分布と重なることが予想された。本研究では、レッドウッドの分布成立についての新たな仮説を検証することを目的として、1)レッドウッドの分布と表層堆積物が河川堆積物と一致するかを確認するために、分布域全域のレッドウッド林の地表面の観察と、地形図(10万分の1)から段丘地形と思われる平坦面を抜き出し、地形分類図を作成し分布域の地形学的特徴との関係を検討し、2)AFLP法*を用いた遺伝子解析により、集団内・集団間の遺伝的特徴をもとめ、遺伝的構造が旧流域ごとにまとまるかを検証した。主座標分析をもちいて個体間の類似度を、PAUP*4.0(Swofford, 2000)をもちいてNJ法によるデンドログラムを作成し個体間の近縁関係を、AMOVA(Arlequin, Ver. 2.000)を用いて集団内、集団間そして流域間での変異量の割合を求めた(11集団129個体、プライマーセット:EcoRI+AAG/MseI+CCCAG)。レッドウッドの分布域中・北部にかけては、分布域で山腹・谷壁斜面で礫層が確認でき河川堆積物と分布域の相関を見出すことができたが、分布域南部では河川起源の堆積物は一箇所でしか確認できなかった。分布域の地形学的な特徴は、標高約150メートルから600メートルの間にレッドウッドが分布していることと、尾根部は平坦面が広く谷壁斜面上にはいくつかの段丘と判断される平坦面が確認された。また分布境界線は断層と一致することが多かった。一方分布しない地域は、尾根部や斜面上の平坦面を欠き標高も高くなる傾向が見られた。AFLP解析の結果、一組のプライマーセットから335本のフラグメントが検出された。AMOVA解析により集団内の遺伝的変異の割合が94パーセントと高く、集団間や流域間に占める遺伝的な変異(集団分化)は小さく、NJ法によるデンドログラムからは、流域ごとの遺伝的構造は見られなかった。主座標分析ではサンフランシスコ南部の集団が遺伝的にまとまる傾向を示した。集団間でサンプル数に偏りがあるものの、各集団の多型的なフラグメントの割合を比較すると、斜面や尾根に成立する集団よりも氾濫原上の集団の方が高い傾向がみられた。谷壁斜面上の礫層の存在および地形分類図の作成により、レッドウッドの分布域中・北部を流れる河川では、かつては現在よりも河川勾配が緩やかで河道が広く、広域に河川堆積物が存在し、現在の中流域は土砂の堆積場である氾濫原であったことが推測された。サンフランシスコ南部で河川堆積物が確認されなかったことは、地殻変動に起因するマスムーブメントによる地表面の攪乱が分布域中・北部よりも活発で、段丘地形に対応する段丘堆積物が維持されにくいことが考えられる。AFLP解析においては、旧流域でまとまるような傾向は見られず、遺伝子解析からは先に提示した仮説を支持する結果とならなかった。しかしAFLP法の感度が非常に高く流域間の違いが集団内の違いに埋もれてしまった可能性がある。また広範囲からの花粉の飛来や6倍体ということも関係しているかもしれない。今後はAFLP法よりも感度が低いオルガネラDNAを用いた解析を行い、地理的な構造が見られるかどうか検討する必要がある。

著者関連情報
© 2004 公益社団法人 日本地理学会
前の記事 次の記事
feedback
Top