日本地理学会発表要旨集
2004年度日本地理学会秋季学術大会
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1945年枕崎台風豪雨により宮島・経小屋山に発生した崩壊・土石流_-_再検討
*門村  浩
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p. 55

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抄録
1.追想と調査 第二次大戦終戦から1ヶ月後の1945年9月17日,豊後水道を北上してきた超大型台風・枕崎台風は,広島県西部_-_山口県東部の瀬戸内沿岸域を直撃した.沿岸では高潮災害が起こり(山口県柳井町新開作で被災),臨海の花崗岩山地では大雨により崩壊・土石流が多発した.崩壊・土石流は,広島湾岸の呉市,宮島とその対岸の経小屋山山塊の2地域に集中して発生した.約2週間後,土石流のため不通となった宮島対岸の山陽本線区間を,点々と転がる生々しい岩塊と法面から湧き出す滲出水を眺めながら歩いて渡った.1947年5月中旬頃,沢抜けで岩盤が露わになった宮島・紅葉谷川の渓床を,アカマツ大木の倒木を跨ぎ,転石に飛び乗り、滝をよじ登りながら溯った記憶とともに,忘れがたいイメージである.その後,1)「安芸西南部山地の地形」と題する卒業研究(1955-56),2)森林保全(1972),3)自動車道土石流対策(1974)の委託調査で,現地調査を行う機会があった.2), 3)では,1947年米軍撮影空中写真などの判読により詳細な崩壊・土石流分布図を作成した.1999年6月29日梅雨前線豪雨による広島周辺土砂災害の後,比較調査のため再度現場を訪れ,枕崎台風災害時の資料収集とヒアリングを行ってきた.  こうして集積してきた一連のイメージとデータが散逸しないうちに,そのいくつかを提示して,イベントの実態復元にまつわる疑問点を検討し、今後の研究の進展に資したい.2.地形の特徴 対象地域には,岩壁とトアを伴う上部の急斜面と深層風化断面ないし新旧土石流堆積物からなる山麓の緩傾斜地との明瞭な対立をはじめ,花崗岩の岩質とその風化特性に起因する典型的な地形の配列が見られる.3.崩壊・土石流の概要 宮島(530.4m):全島で239ヶ所の崩壊が生じたが,土石流につながる崩壊はその50%までが標高200m以上の山稜直下の谷型斜面に発している.厳島神社に被害を与えた紅葉谷川の土石流をはじめ,二十数の渓流を土石流が流下した.標高100m以下の深層風化断面からなる低起伏地での崩壊は少ない.崩壊は天然のアカマツ壮齢林や広葉樹の密林の中にも生じた.経小屋山(596.0m):宮島に対峙するこの山塊とその周辺では,南東向き斜面を中心に1,000ヶ所を超える崩壊が生じた.土石流は,経小屋山南東斜面を流域とする渓流145のうち52の渓流で生じた.このうち丸石川に発生した土石流が,原爆被爆者を収容していた陸軍病院を破壊し,150以上の人命を奪ったことはよく知られている.丸石川の例が示すように,流域内に数ヶ所以上の崩壊があった場合,例外なく大規模な土石流が発生している.一方,1ヶ所だけの崩壊から生じた土石流は,流下距離が短く,渓口まで達したものは少ない.標高の高い急斜面の上部に発生した崩壊が,大規模土石流の発生に直結した割合が高かった.宮島の場合同様,マサ土が卓越する山麓の深層風化地帯での崩壊・土石流の発生はまれであった.4.疑問と課題 1)崩壊・土石流の発生に関わった降雨状態についは,域内に観測所がなかったので,広島気象台の観測記録,9月17日21時までの先行累加雨量150mm,引き金時雨量21-22時の50mmが用いられてきた.しかし,これらの数値は, この時の崩壊・土石流の発生率と,1999年イベント時の降雨強度(最大141mm/h)に照らして,小さすぎる.崩壊・土石流の分布密度が示唆する強雨域発現の空間集中性とともに、対流セルのモデル化などによる再検討を要する課題である.2)多数の崩壊・土石流が発生した原因として,大戦中における森林の乱伐と管理不足が挙げられてきた.しかし,宮島では厳重に保護されてきた弥山原生林の中でも崩壊・土石流が発生している.林相はマツ枯れの著しい現在の方が荒廃している.今の経小屋山南東斜面は,マツ枯れに加えて,度重なる山火事のため著しく荒廃し,トアが佇立し岩塊が累々とする,“疑似半乾燥景観”を呈している.植生の役割についての,慎重な水文地形学的検討を必要とする所以である. 3)長期的視点からは,山麓の緩傾斜地や扇状地状地形の形成に土石流が果たしてきた役割を重視した,編年学的研究の進展を期待したい.短期的視点からは,半世紀も前に起きた土砂災害イベントとその要因を詳細に復元することが,ハザードマップの精緻化とその適切かつタイムリーな運用の基礎となることを強調しておきたい.経小屋山とその山麓域は,花崗岩地域における地形発達研究とともに,応用地形学的研究を行うための好個のフィールドであると思っている.
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© 2004 公益社団法人 日本地理学会
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