抄録
近代化に伴う産業の発展は、多くの自然環境を破壊し生態系のバランスを損なわせてきた。人間社会が自然から遠ざかっている中で、養蜂業は自然を謙虚に利用している数少ない産業であるといえる。そこで本研究では、戦後の我が国の養蜂業がどのように変遷し、今日どのような地域差を持っているのかを明らかにすることを目的とし、養蜂業の地域的展開をもたらした背景にある自然環境の変化を考察する。研究方法としては、マクロスケールな事象を対象とした地理学的研究において現地調査が十分に行われてこなかったという問題意識から、全国での聞き取り調査を行うことに重点をおいた。我が国における養蜂業の特性は、_丸1_徒弟制度を背景とした主要蜜源地域での「なわばり」争いの問題があること、_丸2_越冬・越夏のための移動が必要であること、_丸3_ハチミツ生産を主として小群数で移動する世界的に独自の形態を持つことである。しかし、この花のジプシーとしての全国転飼養蜂も、蜜源の減少と、社会の新しい養蜂需要(昭和30年代前半からのローヤルゼリー需要、昭和40年頃からのポリネーション需要)によって衰退しており、結果として東北地方でのハチミツ生産、関東地方・福岡県でのイチゴのポリネーション、温暖地域での種蜂生産と経営スタイルの多様化,分業化をもたらしている。地域的展開の要因として_丸1_蜜源の減少の地域差、_丸2_ポリネーション需要の地域差が指摘できるが,その背景には外来種による食害や,農薬散布による花粉媒介昆虫の減少など自然環境の悪化問題が大きく起因している.