日本地理学会発表要旨集
2004年度日本地理学会春季学術大会
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北海道東部,風蓮川低地における完新世相対的海水準変動
*大平 明夫藤本 潔安達 寛
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p. 112

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抄録
1.はじめに
 北海道東部では,急激な海岸隆起と大津波を伴う地震が,過去3000年間に繰り返し発生してきたことが報告されている(たとえば,Sawai et al., 2002; Kelseyほか, 2002; Nanayama et al., 2003).こうした地震時の隆起量やその地域的な違いなどを詳しく明らかにするためには,道東各地における完新世海水準変動を高精度で明らかにすることが重要である.今回,風蓮湖周辺低地の堆積物の記録から,完新世中期以降の相対的海水準変動を復元し,ユースタティック変動の傾向および急激な湿原化(地震隆起イベント)の時期などについて検討した.

2.堆積物の層相・テフラ・堆積環境
 調査地域は,風蓮湖に流入する風蓮川とその支流の姉別川の沖積低地である.2002年8月と2003年8月に,風蓮川河口から上流約15kmの範囲で14地点のハンドボーリング調査を実施し,年代測定と珪藻分析用の試料を採取した.主要なボーリング地点については,オートレベルを用いて地盤高を測量した.14C年代測定および炭素安定同位体比の計測は日本大学・小元研に依頼した.
 沖積層最上部は,砂泥層とそれを覆う泥炭層からなる.泥炭層には,Ta-c2(降下年代:約2300-2100 cal BP),Ko-c2(AD1694年),Ta-a(AD1739年)などのテフラが介在している.堆積物の珪藻分析を行ったところ,砂泥層では内湾や潮間帯(塩水性干潟)に棲息する海生種が多くみられ,泥炭層では淡水生種や陸生種が多くみられた.泥炭層に挟まる泥層では,海生種が多くを占めており,海成層の場合があることが明らかとなった.すなわち,完新世中期以降の海退(湿原拡大)の過程で,すくなくとも1回以上の海進があったことが明らかとなった.

3.完新世相対的海水準変動
 干潟堆積物直上・直下の淡水性泥炭および干潟堆積物中の植物片を指標とし,それらの較正年代(cal BP)と高度(m TP)を分布図に示し,相対的海水準変動曲線を復元した.
 その特徴は,約5000 cal BPから約4000 cal BPに海水準上昇を示し,約4000 cal BPから約2000 cal BPに海水準低下を示すことである.上記の期間における海水準の変動幅は最大で約2mである.根室における大潮時平均潮位差が約1mであることを考慮して,過去の平均海面(相対的高度)が旧海水準指標の高度よりも約50cm下位にあったとすると,約4000 cal BPに+0.5m付近,約2000 cal BPに-1.5m付近となる.この変動傾向はアジア・太平洋地域で広く認められており(藤本,1990; Fujimoto et al., 1996; Fujimoto et al., 1999),ユースタティック変動に起因する可能性が高い.

4.急激な湿原化と古地震
 一方,本地域の相対的海水準変動曲線は,地震性地殻変動の影響も反映したものであると考えられる.堆積物の層相変化を詳しく観察したところ,海成泥層と泥炭層との境界が極めてシャープであり,塩水性干潟から淡水性湿原への変化が急激に起こったと考えられる地点が複数認められた.こうした層相変化は,地震隆起を示す可能性がある.
 急激な湿原化の年代としては,5000-4500 cal BP,17世紀(テフラから推定)などがあげられる.17世紀のイベントは,従来の研究(Sawai et al., 2002;Kelseyほか,2002)の海岸隆起イベントに対比されそうである.さらに,大平ほか(1994)でも指摘したように,2900-2700 cal BP(同位体比補正年代:約2800-2600 BP)には,風蓮川低地の広範囲が一斉に湿原化したことが明らかとなった.その要因としては,ユースタティックな海水準低下が考えられるが,海成泥層と泥炭層との境界が比較的シャープな地点が確認されることを考えると,地震隆起の影響も受けた可能性が高い.

文献
藤本(1990)地理学評論,63,629-652. Kelseyほか(2002)活断層・古地震研究報告,No.2,223-233. 大平ほか(1994)第四紀研究,33,45-50. Fujimoto et al. (1996) Mangroves and Salt Marshes,1,47-57. Fujimoto et al.(1999) TROPICS,8,239-255. Nanayama et al.(2003)Nature,424,660-663. Sawai et al.(2002)Journal of Quaternary Science,17,607-622.
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© 2004 公益社団法人 日本地理学会
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