抄録
1.はじめに
里山の環境保全に関する議論が近年高まっているが,里山にも様々な定義やタイプが存在する。立地条件から大きく2つに分けると,一つは都市近郊に位置し,開発の危機にさらされ,これを開発から護って保全しようという動きのある里山である。もう一つは,都市から比較的離れたところに位置し,耕作放棄地の拡大や森林の手入れ不足などが問題となっている過疎地域の里山である。全国的によく話題になる里山は前者であるが,長野県の場合は圧倒的に後者のタイプが多い。どちらのタイプの里山も,数十年前まで地域の生業や暮らしと密接に関わった,人の手が盛んに入ることによって維持されてきた二次的な自然環境である。しかし,今日とくに過疎化,高齢化の著しい中山間地域では,里山の自然環境は大きく変わろうとしている。本研究では,長野県中条村を事例に,中山間過疎地域で生じているここ数十年の土地利用変化の概要を明らかにするとともに若干の考察を試みた。
2.対象地域の概要
長野県上水内郡中条村は長野市の西に隣接する面積33.29km2,人口2,886人(2000年)の村である。標高400_から_800mくらいに集落が点在しており,平地は概して少なく,ほとんどが傾斜地である。1960年から2000年の土地利用の変化を統計データからみると,田は59%減少(県平均30%減少)して42.27haとなり,畑(樹園地含む)は88%減少(県平均51%減少)して109.55haとなっている。しかし,森林は逆に26%増加(県平均4.3%増加)して1,903haとなり,1960年時点では村面積の45%を占めていたのが2000年には57%に増加している。この間の人口は54%減少(県平均12%増加)しており,2000年の高齢化率は38%(県平均21%)で,典型的な過疎・高齢化の村といえる。
3.研究の方法
土地利用の変化状況はおもに空中写真(1963_から_1999年)から把握した。また,土地利用変化の要因や,昭和20_から_30年頃(土地利用が大きく変化する以前)の農地の利用状況などについて地元農家に聞き取り調査を実施した。得られたデータをもとに,土地利用の変化状況と,その要因および影響について考察を加えた。
4.結果の概要
1963年と1999年の2ヶ年の空中写真の比較から,その間の土地利用変化の多くは農地から森林への変化であることがわかった。また,1963年当時農地であったところの半分以上が森林へと変化していた。森林化した場所の植生は針葉樹林と広葉樹林の両方のタイプがあった。農家の人手不足や生産物価格の下落などを理由に条件の悪い農地の耕作を休止したが,木材価格がまだ比較的高かった時代には,耕作休止後の土地にスギなどの針葉樹を一つの"作物"として選択し,後世のために植林したようである。しかし,木材価格が下落した現在では,耕作休止後に植林されることは少なく,そのまま放棄されて広葉樹林へと遷移することが多いようである。いずれの場合の森林も現在では手入れされることは少ないようである。
5.おわりに
長野県内120市町村(2000年現在)の中で1960_から_2000年の間に人口が50%以上減少した市町村が18町村あるが,このうち経営耕地も50%以上減少した町村が16町村ある。過疎地域では人口減少にともなって土地利用も大きく変化しており,身近な自然環境である里山の環境が急激に変化しているといえる。農地の耕作放棄,森林化を否定的にとらえる見方が多いが,いずれにしても急激な変化は地域の人々にとっても自然環境にとっても大きな影響があると思われる。今後はこれら森林化の要因と影響について考察を深めていきたい。